#2 奇跡の宇宙船

 お祭りの会場は、ブロックの中央運動場ドッグ・ランだ。普段は、短距離走などの競技会が開催されている。トラックを囲むように設置された観客席の中には、開拓者パイオニアの人々のために設けられた、巨大な「椅子」が並ぶ区画も残されていた。競技会に出場したかつての選手たちは、自分のパートナーからの声援に答えようと、必死で競い合ったらしい。

 人工流星と同じような、色とりどりの電飾が輝くゲートをくぐり、わたしとココは会場に入った。観客席はすでに満席で、わたしたちはトラックのすぐ内側に場所を取る。周囲に設置された強力なライトに照らされて、みんなの手元や足元には複雑に重なった影が出来ていた。正面に作られたステージの上では、マイクのテストが始まっている。


「すごい、今年のコンサートって『ハウンド・ピープル』が来るんだって」

 ゲート前で配られていたパンフレットを見ながら、ココが嬉し気な声を上げた。大人気のミュージシャンだ。お祭りの実行委員会、今年はずいぶん頑張ったみたいだ。わたしもいつの間にか、彼女と一緒に尻尾を振っている。

 開会に当たっては、まずはあの「フェアウェル・メッセージ」の音声が流される。ひいおばあちゃんが繰り返し聴いたというその声に、みんな神妙な顔で耳を傾ける。

 続いてステージに姿を現したのは、実行委員長でもあるシンノスケ居住区ブロック長だった。このお爺さん、話が長いのだけど。


「えー、皆さんもご存じのとおりですが」

 と、居住区ブロック長は言葉の通り、みんなが知っていることをしゃべり始めた。

「かつて、我々を連れてこの星にやってきた開拓者パイオニアの人々は、限られた知能しか持たなかった我々の頭脳に高度化処置アクセラレーションを施し、星を開拓するパートナーとして扱ってくださいました」

 黒い鼻の横に生えた、短いひげを震わせながらそう言って、シンノスケ居住区ブロック長は、星空を仰いだ。ちょうど、紫色の人工流星が流れて行く。

 そこから長々と続いた挨拶にみんなうんざり、かというとそうでもなく、ココなんか感動してまたクーンと鼻を鳴らしている。高齢のこのお爺さんは、実際に開拓者の人たちを見たことがあるという話で、そのお話にはもう一度彼らに会いたい、という切実な気持ちが込められていた。


 この星に残された、わたしたちワン族は、彼らの置き土産である各種都市管理システムを自分たちで改良し、独自の社会を構築して文明を維持し続けてきた。システムには元々、特に何もしなくても、5公転単位ファイブイヤー程度はわたしたちの生存が可能なようなセッティングが行われていたらしい。つまり彼らは、その期間内にはこの星に戻るつもりだったのではないか、そう考えられている。


 間もなく、ミュージシャンによる演奏が始まった。シンセ・ドラムや爪ギター、テール・テルミンで奏でられるオープニング曲は、彼らの代表作だ。たとえ遠くへ旅に出ても愛が温もりを伝えてくれる、という内容のその曲は、開拓者が残して行った古謡を原型として作られたらしかった。会場が、一気に盛り上がる。まるで曲に合わせるように、夜空にはたくさんの人工流星が降り注いでいる。

 その中の一つ、黄色い流星が、なぜか消滅せずにどんどん大きく近付いて来ることにみんなが気付いたのは、ちょうと曲が終わる辺りだった。


「ねえ、なんだろう、あの星。墜ちて来るの? 怖いよ」

 ワンワン、とざわめきが広がる中で、ココは体を震わせた。

「違う。あれは、星じゃない!」

 誰かが叫んだ。それは、まばゆいくらいの黄色い光を底面から放ちながら急速に降下してくる、円盤状の物体だった。

 間違いない。記録映像で繰り返し目にした「宇宙船」だ。開拓者パイオニアの人々が、星空を旅するために使った乗り物。わたしたちの技術レベルでは、まだ実験段階にも達していない、失われたハイテクノロジーの産物。

 と、いうことは。

「開拓者の方々だ!」

「ついに帰って来てくださったんだ!」

 ウォーン、ワンワン、という喧騒が、一気に最高潮に達した。一瞬途切れた「ハウンド・ピープル」の演奏もすぐに再開されて、場を盛り上げる。精一杯、歓迎の気持ちを伝えなければ。


「皆さん!」

 と、シンノスケ居住区ブロック長の声が、演奏に割り込んだ。

「信じられない奇跡が起きました! あの宇宙船は、ここに降りようとしてくださっているようです。どうか皆さん、観客席側への移動をお願いします。着陸のスペースを、用意して差し上げなければなりません」

 その呼びかけに、みんなが一斉にワンワンと、大移動を開始した。白、黒、茶色、毛色も様々なワン族の群れが、ぎゅうぎゅうになりながら観客席に集まる。居住区ブロック長が「落ち着いて、冷静に」と繰り返した。


 真上の空で一旦静止した宇宙船は、そこからゆっくりと降下を始めた。そして、音もなくふわりと、中央運動場ドッグ・ランの真ん中へと着陸した。

 皆が見守るその中、円盤状をした船体の一部が開き、階段状のタラップが地面へと伸びた。ついに、初めて「開拓者パイオニア」の姿を目にすることが出来る。激しい胸の高鳴りを、わたしは感じていた。

(最終話「手を取り合うわたしたち」へと続く)

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