【完結】星空へ去った人々へ ~Her master's voice~(全3話)

天野橋立

#1 人工流星の流れる夜空に

 居住小屋ハウスの外へ出ると、ちょうど頭上の星空を横切るように、赤い光が走るのが見えた。人工流星。もうすぐ、真夏のお祭りが始まる。

「サクラ! 遅いよ。ほら、急いで」

 近所の住民たちが、ぞろぞろと歩いて行く通りの行く手。友人のココがわたしを呼んだ。彼女も、わたしと同じ居住区ブロックに住んでいる。

「うん、ごめん。すぐ行くね」

 わたしも、右手を挙げて振り返す。慣れないユカタなどを着ようとして、両袖に腕を通すのに随分手間取ってしまった。ココは普通に半袖のシャツだ。


 すっかり日は暮れているけど、通りの舗装はまだかなり熱を持っているようだった。手袋ソックスを着けていても、地面から暖かさが伝わってくる。もじゃもじゃした茶色い巻き毛の彼女は、いかにも暑そうに見えた。

「わあ、ステキ! とっても似合うね」

 苦労の甲斐あって、彼女はわたしの桃色のユカタをすごく褒めてくれた。これは元々、亡くなったひいおばあちゃんが着ていたものだ。わたしのふわふわした白い毛に、ぴったりの色。ひいおばあちゃんの毛色も、わたしと同じく真っ白だったそうだ。

「一緒に歩くの、嬉しいなあ」

 と、何だか大喜びで尻尾を振ってくれているココと並んで、会場へと向かった。


出立記念日デパーチャー・デー」の今夜は、世界中の各地でお祭りが開かれる。

 わたしたちの住む、世界最大級の大規模居住区マッシヴ・ブロックでも毎年盛大なイベントがあり、ミュージシャンによる演奏などが行われていた。通りの彼方の夜空が、ぼんやりと明るく見えるのは、その会場の照明が空に映っているのだろう。

「あ、流れた。今度は緑色だ」

 ココが、顔を上げて空を指し示す。先ほどと同じような光が星々の合間を走って行った。続いて、青・紫・黄色と、立て続けに人工流星が流れる。

開拓者パイオニアの人たちも、どこかでちゃんとお祭りを見てくれてるよね、きっと」

 彼女が言った。

開拓者パイオニア」という言葉を耳にすると、胸の奥のどこかがきゅっと締め付けられるような気がする。直接、その人々を見たことのないわたしたちの世代でも、やはりそうなのだ。


 かつて、DY独歴が始まるよりもずっと昔、無生物惑星だったこの星にやってきた「開拓者パイオニア」と呼ばれる人々。連れられて一緒にやって来たわたしたちは、彼らのパートナーとして、共にこの星――惑星ピュリナと呼ばれていた――の開拓に従事した。

 そして、DY独歴0年、彼らはわたしたちに後を託して、星空の彼方に旅立って行った。「出立記念日デパーチャー・デー」とは、つまり彼らが去って行った日なのだった。

 星を去るに当たって、開拓者パイオニアの代表がわたしたちに残したメッセージ映像があった。「フェアウェル・メッセージ」と呼ばれるその映像の中でも、旅立ちの理由は語られていなかった。頭部のみが、わたしたちと同じような灰色の毛に覆われたその代表の人は、「とても重要な緊急事態に対処するため」とだけ語っていた。そして、「すぐに戻るから心配要らない。みんなで仲良く留守番して、この星を守るように」とも。

 自分のパートナーだった開拓者パイオニアの人が、他のみんなと一緒に旅立って行くところを見送ったという、ひいおばあちゃんの気持ちはどんなだっただろう。結局、彼らは二度と戻らなかったのだ。


 年に一度、出立記念日デパーチャー・デーにこうして夜空を流れる人工流星は、彼らの置き土産だった。周回軌道上に残された装置から高速度で発射されて、大気圏内で燃え尽きる。その際に、様々な色を放つらしかった。

「あの人工流星には、『自分たちは必ず帰ってくるよ』っていう「開拓者パイオニア」の人々のメッセージが込められているのだって。いつもそう言ってたわ、あなたのひいおばあちゃんは」

 母親にそう聞いたことがある。


 ひいおばあちゃんは、命が尽きる最後の瞬間まで、優しかったパートナーの帰りを待ち続けていたらしい。「フェアウェル・メッセージ」を繰り返し再生し、窓から見える星空を見つめながら、彼女はこの世を去った。このユカタも、そのパートナーがわざわざ特注で作ってくれたものらしいのだ。なんて寂しいことだろう。

「なぜ、帰って来てくれなかったんだろうね、開拓者さんたち」

 わたしの話を聞いたココが、ユカタを見つめながらそう言って、悲し気にクーンと鼻を鳴らした。

「こらちょっと待て、まだ帰って来ないって決めつけちゃだめだよ。そのためのお祭りでしょ」

 わざとわたしは、明るい声を出した。みんなで落ち込んでいたら、余計に開拓者の人々は帰って来ないのではないか、根拠はないらしいけど、そう言われている。そのために、彼らが帰ることを祈念するお祭りが、盛大に開催されるのだ。

「いっけなーい。だよね、みんなで楽しくお祈りしないとね」

 舌をちらりと出して、ココは笑顔に戻った。


(#2「奇跡の宇宙船」に続く)

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