第5話

 ヨウキョウ湾に現れた神体サリーは、山の形をしていた。名実ともにアスタの象徴というべき最高峰アスタ山の形を模したそれは、明らかにアスタに監視者を置いた者たちの皮肉であり、侮蔑だった。

「あの形に怒りを覚えたのは、人生初めてだわ……」

 ボッコの操縦室で予備のソファーに座ったミクラさんがつぶやいた。

「あの神体、何かばらまいていませんか?」

 ホトリさんが指差したスクリーンに目を向けると、無数の小さな円柱のような物がサリーの下から飛び出してきて、海面近くをヨウキョウの街へと飛んでいくのが見えた。

「やっぱりアスタ人を人質にとるつもりなんですね」

 シアンさんが唇をかんだ。

 あの大きさ、あの数では、ボッコの能力をもってしても防ぎようがない。

 通信が入った。

「あなたがシンイチね」そこでこちらの部屋の中をスキャンするように僕らを素早く見渡してから、目を鋭く細めた。「それは、どういうつもりなのかしら。バカにしているの?」

 するとまた僕より先にミクラさんが口を開いた。

「男女に不純な連想をするのは、自分が不純な証拠だよ!」

 だがイサクは静かに目を閉じただけだった。

「不純なアスタ人ばかり見てきたせいね。でも、これからはそういう心配もしなくてすむようになるわ」

「やれるもんなら、やってみなさいよ! シンイチのボッコは強いんだからね!」

 えーと、あの、ミクラさん?

 シアンさんもこめかみに指を当てて肩を落とす。

「ミクラ、それではまるでチンピラのケンカです……」

「ええ? そ、そう? ……ゴメン」

 しおしおとソファーに沈み込んだ。

 とにかく仕切り直しだ。

「念のため聞くけど、アスタ滅亡をあきらめる気はないんだよね?」

「当然です。このジキュウ上から一刻も早くアスタを取り除くことは、もはや回避できない論理的な帰結です」

「そんなことはないさ。僕とボッコ、それにアスタ人の協力で、必ずあんたとサリーを打ち破ってみせる!」

 イサクは少し顔を斜めにうつむかせ、片方の口角を持ち上げてみせた。

「できませんよ、そんなこと。あなたには、分かっているでしょう?」

 僕もシアンさんたちも、そろって口を閉ざした。

「フフ、そうです。神体の中で唯一実体弾を使うサリーには、防御のために時間遅延フィールドが備わっています。三十万倍に引き延ばされた時間の中では、光ですら一秒で一キロしか進めません。半径十キロをカバーするこのフィールドの中では、どんな攻撃であろうとサリーにかわせない攻撃はない、ということです。つまり――」

 イサクはさらに口角を上げた。

「――あなたに勝ち目はないのですよ」

 シャクに触る物言いに奥歯を噛みしめながら、僕は両手を上げて見せた。

「分かった。分かったよ。大人しく殺されればいいんだろう? ただし、一つだけ条件がある」

「何ですか」

「そちらの攻撃を受ける前に、彼女たちをボッコからおろさせてくれ」

「シンイチ!」「シンイチさん!」

 ミクラさんホトリさんが口々に叫ぶ。

 シアンさんはうつむいて、黙っていた。

 僕はわざと大きな声で叫ぶ。

「君たちが死ぬところを見たくないんだ!――頼む、彼女たちが巻き添えにならない距離――ここから百キロくらいまで離れる時間をくれないか」

 イサクはつまらなそうに僕を見下す目をした。

「監視者にあるまじき、下らない感傷ですね。そんなものがあるから、論理の道筋が狂うのです」

 何を!――と叫び返したい気持ちをぐっとこらえて、唇を噛みしめた。

 イサクは反論できない僕に多少溜飲が下がったようだった。

「いいでしょう。私に処分される準備ができたら、連絡して下さい」

「ああ」

 最後の監視者がいなくなったスクリーンの前で、僕はこっそり舌を出してみせた。


 通信が入った。

「まだですか。もう一時間も経っています」

 僕はスクリーンの向こうに向かって口を尖らせた。

「まだ迎えの船が彼女らを乗せて出ていったばかりだよ。あと三十分はかかる」

「どうせすぐに後を追うことになるのです。あなたが先に死ねば済むことです」

「ま、待て待て!」

「待てません――サリー!」

 ドガアアアアアアアンッ!!

 いきなり操縦室が揺れて、ソファーから振り落とされそうになる。十分の一の威力でこれか!

 持ち堪えられるだろうか。

「待てって言ってるのに」

「いくらボッコが私たちの神体より強化されているといっても――」

 ドガアアアアアアアンッ!!

「いくらサリーのアスタ爆弾が威力を落とした小型版だとしても――」

 ドガアアアアアアアンッ!!

「サリーが一度に一発しか起爆させられない制限があっても――」

 ドガアアアアアアアンッ!!

「連続で爆破され続ければ――」

 ドガアアアアアアアンッ!!

「遠からず、破れる!」

 ドガアアアアアアアンッ!!

 爆発の度にボッコは激しく揺さぶられ、きしみ、逆涙滴型の外郭に歪みが、凹みが生まれる。

 スクリーンの端に表示されているカウントが、9から8に変わった。

「くそっ――あと一息、なのに……!」

 僕のつぶやきにイサクは眉を動かした。

「あと……何ですって?」

「……あんたが負けるまで、さ」

 スクリーンの残り秒数が――ゼロ。

 ズガガガガガガガガガガガガガガガンッ!!!

 無数の小さなカケラたちが、サリーの外殻を貫いた。そのほとんどは完全に貫通し、海上に数百もの水しぶきを上げた。

「な――」

 それがイサクの最後の言葉だった。プツンとスクリーンから姿が消え、代わりに山に似た姿のサリーが映し出される。無数の貫通弾を受けて穴だらけになったその巨体は、内部で次々と爆発を起こしながら、ゆっくりと傾き、落下していった。

 狙い通りだった。

 僕らは最初から準備していたのだ。

 時間遅延フィールドに守られたサリーを破壊するには、攻撃がフィールドを貫通するまで、イサクに悟らせない工夫が必要だった。そのために神体が感知できない小型の弾体を、極限まで加速して上空から撃ち抜くことを考えた。

 神体の外殻を撃ち抜けるだけの強度を持つ弾体は、アッダーとユニバースの破片から時空断裂で切り出した。

 それを重力制御でジキュウの衛星軌道上に待機させておき、タイミングを見計らって、落とす。衛星軌道からの自由落下にボッコの重力制御を加えれば、秒速八〇〇キロにまで加速できるが、それでも時間を三十万倍にまで引き伸ばす時間遅延フィールドを貫通するまでは、一時間以上かかる。その時間をどう稼ぐかが問題だった。

 それをシアンさんたちが引き受けてくれた。彼女らを逃がす間、イサクを待たせておくことで、その時間を稼ぐことができたのだ。

 イサクが痺れを切らして爆弾を撃ち込んできたのには焦ったけど、ボッコは何とか持ち堪えてくれた。

「僕らの粘り勝ちってとこかな」

 スクリーンにサリー消滅のサインが出て、消えた。


 その後、僕はサリーのばらまいたアスタ爆弾を回収した。そして重力制御で衛星軌道の向こうへ投棄、爆発させた。

 夜空に強く輝くその光だけを見ていると、素直にきれいだなと思える。きっと超新星というのはあんな感じに見えるんだろう。

 そして、ようやく僕は気が付いた。


 このジキュウには、月が六つもあるんだ!


 ◼︎ ◼︎ ◼︎


「どうして、月が六つあるのにビックリしたの?」

 まん丸い目をクリクリさせて、コメットが尋ねた。

 ええー、そこからなの?

「だから言っただろう? パパは異世界から転生してきたから、ジキュウに月が六つあるなんて知らなかったんだよ。元いた世界では、月は一つしかなかったんだ」

「うそだぁ。月が一つきりだなんて、そんなの変よ」

 メテオが僕の肩をつかんで揺さぶる。

「嘘じゃないよ。世の中にはそういう世界もあるんだ。この世界でも、他の惑星には月がなかったり、逆に月が十個以上あることもあるんだよ」

「十個も?」

 コメットの目がますますまん丸くなった。

「そうだよ。まだ見つかっていないけどね」

 この星系で見つかっているジキュウ以外の惑星五つは、どれも四つ以下の衛星しか持っていない。もちろん、惑星も衛星もこれから見つかるものがたくさんあるだろう。

「見つかってないのに、なんでそうだって分かるの?」

「パパが前にいた世界では、見つかってたからさ。それに、ジキュウにだって、まだ他にも月があるかもしれないぞ」

「ほんと?」

「ああ」

 実は、神体の名前はジキュウの月の名前に対応していた。アスタを監視する神体の名に月の名を当てはめたというのは、ありそうな話だ。だとすれば、六つの月の名に当てはまらないサリーとボッコは、まだ見つかっていない――というか一万年の間に忘れ去られた――二つの月の名前である可能性は高い。

 という僕の推理を話すと、それまでじっと黙って話を聞いていたコウイチが言った。

「僕、見つけたい」

「ん? 残り二つの月をか?」

 うなずく。その小さな瞳に強い意志の光が見えて、僕は嬉しくなった。

「そうか、じゃあコウイチは未来の天文学者だな」

 コウイチははにかんで笑った。

「それでね、名前つけるんだ。ボッコって」

 はは、期待してるよ。

「お兄ちゃん、名前なら私の名前付けてよ」

「じゃあ、あたし二個目のに付けてもらう!」

 メテオ、コメット、せっかくのいい話に水を差さないでくれるかな。

「パパ、そろそろママが帰ってくるんじゃないかな」

 窓の外を見たコウイチが言った。

「え、そんなわけないだろう。今日は魔法学会の打ち合わせで遅くなるって言ってたぞ」

 コウイチは一本ずつ指を立てて説明してくれた。

「一、ママは魔法学会長がキライ。二、ミクラおばさんは会議がキライ。三、今日はカンスの解禁日」

 カンスというのはヨウキョウ湾でとれるニシンに似た魚だ。

「ま、待て待て、最初の二つはともかく、三つ目がどう関係してくるんだ?」

 コウイチはクスリと笑った。

「パパ、カンスはミクラおばさんの好物だよ」

 知らなかった……。

 その時、玄関の扉が開く音、ドタドタとかけてくる足音がした。

「ヤッホー! コウイチくん、コメット、メテオ〜! また遊びに来ちゃった〜!」

 子どもたちに飛びついて、容赦なくほっぺたをこすりつける。コメットやメテオはキャーキャー言って喜ぶが、さすがにコウイチは恥ずかしいようだ。

「ただいま――ミクラ、先にカンスを保冷庫に入れて下さい。ミクラが持ちたいというから持たせたのに……」

「あははっ、ゴメンゴメン。子どもたちがあんまり可愛いからさあ――あ、シンイチ、おひさ!」

 完全についでだったな。まあ良いけど。

 そしてちょっと得意そうなコウイチに親指を立てて、名推理を称えた。

 保冷庫にカンスを収めたミクラが戻ってくる。

「え、何、何? どうしたの?」

「いやあ、さすがシアンの子は賢いなってことさ。将来は天文学者だそうだぞ」

「パパ、パパ、あたしは、あたしは?」

「パパ、あたしもほめて……」

「ああ、うんうん、二人もすっごく賢いぞー。パパなんかすぐ追い越されそうだ」

 本当に、そうなって欲しいと思う。

 それでこそ、あの戦いを勝ち抜いた甲斐があるというものだ。


 あれから十年。アスタは今日も平和だった。


--Fin.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

七つの神体と戦う さいらなおき @Saila

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ