第4話

 アスタ本土から千キロ、隣国との国境にあたる海中に、そいつは潜んでいた。

「あ、いた! あれ、あれだよね、シンイチ!」

 いち早く叫んだミクラさんの指差したスクリーンには、鋭い三日月が無数に組み合わさってできた直径50メートルほどの巨大な球体が映し出されていた。

 アルテルのアッダーだ。

 バン!

 大きな音がして、一瞬海がズレた。アッダーの時空断裂攻撃だ。

「え? え? 今の何?」

「多分、敵の攻撃です。今度の敵は時空を断裂させて攻撃してくるんですよね?――どうしたんですか?」

 不審そうな顔をしたシアンさんに、あわてて背筋を伸ばした。

「な、何でもないよ――その通り。でもここにいれば平気だからね」

 ホトリさんがクスクス笑った。

「もしかして、シアンに見とれていたんですか?」

「そ、そんなことないよ! うん」

 もちろんそれは半分本当で、僕はアッダーの攻撃にちょっと驚いていただけだ。なるほど、アッダーの攻撃は時空を断裂させて相手を両断するから、あんな深海からでも攻撃できるのか。時空凍結フィールドはあらゆる時空変動を吸収するとはいえ、気を付けないと。

 残りの半分?――シアンさんに見とれてました。ゴメンなさい。

 そんな他愛ないやり取りをしている間にもアッダーは何度か攻撃してきたけど、びくともしないボッコにラチが開かないとみたのか、重たい海水をかき分けて海上に浮上してきた。

 よし、この時のために半球部をせり上げて待っていたんだ! 深海にいる時に攻撃すると環境破壊になっちゃうからね。オペラの時はジキュウに穴を開けちゃったから、反省したのだ。

「ボッコ!」

 バン!

 一瞬で円錐状の凍結フィールドが広がって、アッダーを飲み込んだ、はずだった。

「あれっ、全然平気みたいだよ?」

 そんなバカな。アッダーの時空断裂フィールドの最大移動量は2メートル。多重展開してもこちらの攻撃をそらすほどの断裂は作れないはず。

「シンイチさん、あれも神体ですか?」

 ホトリさんが右方を指差す。

 そこには、砂時計を横倒しにしたような物体が彼方に浮かんでいた。くびれを中心にゆっくりと水平回転している。

「フレッドのユニバース――あいつの仕業か……」

 僕は唇を噛みしめた。

 マッドの能力は空間湾曲。その能力で、ボッコの凍結時空フィールドをそらしたに違いない。

「これって、もしかして二対一!?」

「もしかしなくても、そうでしょう」

「なら、まずは近い方から!――ボッコ!」

 僕はボッコをアッダーに向けて全速で突っ込ませた。

 アッダーは時空断裂波を放ちながら避けようとしたけど、全て凍結時空フィールドで無効化され、避けきれずにボッコの体当たりを食らった。

 ガゴォンっ!

 巨大な金属同士がぶつかり合い、だがそれだけでは終わらない。

「そうら、受けてみろっ!」

 重力制御でアッダーをユニバースに向けて放り投げた。

 オペラが持っていた重力制御の能力は、触れた物を自在に動かすことができるのだ。

 ゴゴォンッ!

 空間湾曲も間に合わず、ユニバースはアッダーを食らって真ん中からゆがんで曲がった。

 回転軸がふらふらし始め、速度も下がったように見える。

 ミクラさんが叫んだ。

「いけっ、そのままへし折っちゃえ!」

「もちろん!」

 ゴゴォンッ!

 二度目の激突音でユニバースは完全に二つに折れ、小さな爆発をいくつも起こしながら海上へと落ちていく。そこへトドメと凍結時空フィールドをお見舞いした。

 スクリーンにユニバース消滅のサインが現れ、消えた。

 通信が入った。取り乱した女性の顔がスクリーンに現れる。こいつがアッダーを操っていたアルテルか。

「待って、お願い! 殺さないで! 私も滅亡反対に回るから! そうすれば二対一でアスタ滅亡は撤回されるでしょ? だから、だから――」

 こいつ……!

 明らかにその場しのぎの提案に、僕はハラワタが煮えくり変えるのを覚えた。

 思い切り罵声を浴びせようとした、その時だった。

「じゃあ、あなたが残った最後の神体を倒して下さい」

 シアンさんだった。

 真っ直ぐにスクリーンを見つめ、冷ややかに続ける。

「今この場であなたが滅亡に反対しても、実際の合議の場で賛成されたら、私たちはおしまいです。それを完全に防ぐには、合議の場で確実に滅亡が可決されないように、残った監視者の人を殺すしかありません。あなた方のルールでは、それもありなんですよね? シンイチさんを狙ってきたように」

「そ、それは……」

 スクリーンの中の顔は苦悶した。

「シンイチさん、やっぱりこの女、殺しましょう。そうすれば、確実に滅亡を防げます」

「そうだな」

「そ、そんな、待って! 待って! 無理なの! 私のアッダーじゃ、イサクのサリーには敵わないのよ! だってサリーには、“あれ”が……」

 シアンさんが僕の方を振り返った。

「シンイチさん、“あれ”って?」

「時間遅延フィールドだよ」

 僕は言った。

 サリーの展開する時間遅延フィールドの中では、時間が三十万倍まで遅くなる。半径十キロのフィールドを貫通するのに、光ですら十秒もかかることになる。

「あらゆる攻撃を十秒遅らせる時間遅延の壁……これは、やっかいですね」

「やっかいどころか無敵じゃない! そんなのとどうやって戦えばいいの!?」

「アッダーの時空断裂も、光速度の制限を受けるわ。だから、どうやったって、勝ち目はないのよ! 手をこまねいてるうちに、アスタ爆弾で、ドカン!よ」

「アスタ、爆弾……?」

 振り返ったシアンさんの目が僕を見た。

 僕は少し迷ってから、しぶしぶ口を開いた。

「一万年前にアスタ人が開発した超強力爆弾――それのことを、監視者たちはそう呼んでいるんだ」

 シアンさんだけでなく、ミクラさんたちも息を飲んだのが分かった。

 世界を滅ぼすほどの超強力爆弾に、自分たちの国の名が付けられていることを、彼女たちはどう受け止めたのか……。

 僕は怖くて彼女たちの方を向けなかった。

 そんなこちら側の空気を読まずに、アルテルは続ける。

「威力はオリジナルの十分の一だっていうけど、大きさは百分の一。街で売ってるジュースのビンくらいなのよ? あんなに小さくっちゃあ、神体の感知装置でも感知できないから、防御は無理。私のアッダーじゃ、もうお手上げよ」

 アルテルはスクリーンの向こうで両手を上げて見せた。

「なるほど、あまり小さいものまで感知できると、余計なものまで感知してしまって、結局用をなさなくなる、というわけですね」

 シアンさんだった。

「そうなのよ! だからね――」

「じゃあ、やっぱり殺しましょう、この女」

 シアンさんは背筋を伸ばし、目を閉じて言った。

「そんな!」

「私たちが生き残るためだもんね、しょうがないね」

「ええ」

「ああ! やっぱりアスタ人は血も涙もない残忍な人種よ! 人でなし! 鬼! 悪魔!」

 その言葉に、これまでずっと黙っていたホトリさんが、長い髪を揺らしてフラリと立ち上がった。

「あの……ちょっと、いいですか?」

「え……」

 ホトリさんとは思えないような、暗い声がつむぎ出される。

「これまで……あなたたち監視者は、私たちアスタ人を、何人殺しました……? その人たちに、どんな罪があったというんですか? その人たちの命を……人生を奪う、どんな権利があなたたちにあるというんですか!!」

 最後の方は叩きつけるように叫んだその言葉に、その場の誰もが言葉を失った。

「本当に血も涙もない残忍な人種は、あなたたち監視者です! 自分たちの目的のために、仲間まで殺したくせに! 何の罪もないザホーロの人たちを、敵を呼び出すためだけに殺したくせに! そんな人たちに、私たちを残忍だなんて言わせない! 絶対に、絶対に言わせないんだから! ううっ、ううう……」

 そしてソファーに泣き崩れたホトリさんに、ミクラさんが寄り添って肩を抱き寄せた。

 僕はスクリーンの向こうに言った。

「もう、いいよね――ボッコ!」

 轟音が鳴り響き、アッダーは巨大な電撃に飲み込まれた。

 スクリーンに第六神体消滅のサインが出て、消えた。


 ◼︎ ◼︎ ◼︎


 イサクは、スクリーンの端に灯ったサインを見て、ため息をついた。

「とうとう、私一人になってしまったわね……」

 しかし、その目にギラリと光が走った。

「いいでしょう。シンイチがどうしてもアスタ人を守るというのなら、彼らが作り出した炎でその身を焼かれて滅ぶがいいわ――アスタ人もろともね」

 そしてサリーの進路をアスタの首都ヨウキョウへと向けた。


〔つづく〕

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