第3話

 ザホーロから首都ヨウキョウへ戻る途中のことだった。

 不意にボッコの操縦室に警報が鳴り響いた。

「うわっ、何事?」

「“上空から”、“危険”、“接近”……」

 シアンさんがスクリーンの表示を読み上げた。

 きれいな声だ。

 頭上のスクリーンを見上げると、表示が拡大されて、巨大な岩のようなものが大きく映し出された。

「ちょっ、あれ隕石?」

「だと思う――直径は約1.2キロ、質量は……推定7千万トン――ですよね?」

 スクリーンの表示を読んだシアンさんが僕に振り向いた。

 し、シアンさん、その上目遣い止めて――可愛すぎるから。

「えええっ!?」

 ミクラさんが大声を上げた。

「そんなのが、ここに落ちてきたら……」

 青ざめたホトリさんに、シアンさんは無慈悲な現実を伝えた。

「たぶん、アスタが消滅する」

「そんな!」

 このタイミングで巨大隕石……間違いなく次の神体の攻撃だ。こんなことができるのは、エドモンのオペラしかいない。恐らく、地平線の向こうから重力操作で岩石を投射したのだ。岩石というより、山そのものといった規模だが……。

「でっ、でもこのボッコなら撃ち落とせるよね!? ねっ!?」

 すがるように視線を向けてきたミクラさんに、僕は眉間にシワを寄せた。

 電撃、時空凍結、超高熱、どの手段でもあの隕石を粉々にすることはできる。だが問題はその質量と運動エネルギーだ。粉々になっても質量と運動エネルギーは多少分散するだけで、ほとんどはそのまま地上に降り注ぐだろう。

 チリや小石とはいえ、7千万トンもの質量が高空から降り注げば、結果は隕石より多少マシ、というくらいでしかない。

 それでも。

「ボッコ!」

 僕の指令に応えて、ボッコが半球部分をせり上がらせ、隙間を隕石に向けて迎撃態勢をとった。動力音が高まっていく。

 なんとしても砕く!という意志を込めてスクリーンに浮かぶ真っ赤な隕石をにらみつけた時だった。

「あ――ああっ!?」

 隕石が、増えた!

 影になっていた二つ目の隕石が、いや、三つ、四つと増えていく。スクリーンの警告表示は、ついに六つになった。

「シンイチぃ……シンイチ、シンイチ! これ、これどうするの!? ねえ!」

 ミクラさんの言葉に返答できず、僕は思わず血が出そうなほど唇を噛みしめた。

 まさか、一度に六つもの隕石を投射していたとは。いや、投射速度を調整して、連続投射した隕石がほぼ同時に着弾するようにしたのか。

 いずれにせよ、このままでは……あと数分で僕らはアスタもろとも消滅する。

「シンイチさん、敵の神体を倒しましょう」

 シアンさんだった。

「お話では、敵の神体を倒せば、ボッコは同じ能力を使えるようになるんですよね? その力で隕石の軌道を変えるんです。それしかありません」

「だけど、倒すと言っても、何処にいるのかさえ……」

 弱気な僕に、シアンさんはメガネを直しながら食い下がった。

「落下軌道から、投射位置が逆算できませんか?」

「ボッコ!――ダメか。もうほとんど垂直に落下してくる段階だから、候補を絞り込めない」

「……そうですか」

 またメガネを直す。直す。直す。その間にも、どんどん隕石は迫ってくる。頭上のスクリーンの中で、六つの隕石は大気との摩擦熱で赤熱しつつあった。

「ね、ねぇ、シアン……」

「ミクラ、今はだまって」

「で、でもさぁ……」

 不安を抑えきれないミクラさんと、それがシアンの思考を妨げないようにと気を配るホトリさん。

 僕も何か考えなくちゃと思うけど、何も出てこない。

 あー、僕のバカ! この五十年何してたんだ、僕は!

 ふと、シアンさんが顔を上げた。

「隕石の成分は分かりませんか?」

 成分?

 だが、とにかくボッコに命令した。

 スクリーンに表示された一覧表を、メガネの奥のつぶらな目がなめるように追いかける。

「……サイライ岩2.3%、キノウ岩15.4%、ガンダン岩62%……やっぱりそうだ――シンイチさん、地図を!」

 アスタを中心とした世界地図がスクリーンに浮かび上がった。

 その一点を、細い指がぴしりと指差した。

「ここです! 敵は今ここにいるはずです。ここを攻撃して下さい!」

「攻撃ったって、そこ、ほとんどジキュウの真裏だよ?――攻撃できるの、シンイチ?」

 僕は大きく息を吸って、はっきりと言い切った。

「できる。今のボッコならね――ボッコ!」

 ボッコは向きを変え、地面を狙う体勢をとる。エネルギーが急速に高まり――

「撃て!」

 極大の超熱線が大地を刺した。熱線は行く手の全てを円形に蒸発させながら、ジキュウ――この惑星を真っ直ぐ貫いていく……貫いていく!

 そして反対側に到達すれば、そこにいる――いや、本当にそこにいるのか? もし、もう移動した後だったら? そもそも、そこにいないとしたら?

 祈るような気持ちで凝視するスクリーンの一点に、果たしてオペラ消滅のサインが…………出た!

 シアンさんが叫ぶ。

「今です!」

「ボッコ!」

 引き継いだ重力制御が稼働して、隕石は急激に減速した。空中で隕石に隕石が次々と追突し、真っ赤に焼けた巨大な岩塊が組み上がる。その膨大な運動エネルギーを受け止めるために、ボッコはさらに唸りを上げた。しかしスクリーンに表示されている岩塊の高度はまだ下がり続けている。ボッコがさらに唸る。

「全然止まんないじゃん!」

 ミクラさんが叫ぶ。

 あと5キロ、3キロ、まだ止まらない。

 2キロ、1キロ、まだ止まらない。

 僕もみんなも目を閉じたけど、シアンさんだけが数字をにらんでいる。

 700メートル、500、300、200、100、50――――――ゴン。

 固い音がして、でもそれ以上は何も起きない。起きていない。

「と、止まっ……た……?」

 どうやらそのようだった。

「ふう……。何とか、間に合った……」

「うわあああ、止まった、止まったよお〜!!」

 ミクラさんもホトリさんも互いに抱き合って泣きじゃくる。

 僕も隣のシアンさんと顔を見合わせて、ホッと顔を緩めた。

「ありがとう、シアンさん。君のお陰で救われたよ」

「そんな……私は、お手伝いしただけです」

 恥ずかしそうにうつむいたシアンさんに、ミクラさんが飛びついてきて、首元を抱きしめた。

「ううー、ありがとシアン! ありがと〜! もうもう、大大だい好き!」

「ちょっ、ミクラ、鼻水をふいてください」

 シアンさんは嫌がってみせるけど、満更でもなさそうだ。

「でも、隕石の成分から相手の場所を探し当てるなんて、本当にすごいわ」

 うわ、反対側からホトリさんが顔を出した。僕越しにシアンさんに話しているから、顔が近い。

 シアンさんはしきりにメガネを直しながら、弁解するように説明する。

「考古学をやっていると、地質学の知識も必要なんです。あれだけの大岩を採取できる地形は限られますから……。ガンダン岩を60%以上含む岩石は、ラジアのジブ山系にあるガンダン山付近からしか産出しないんです。本は読んでおくものですね」

「だからって、あの土壇場で岩の産地から相手の場所を探し当てるなんて、発想が天才的過ぎるよ!」

 ミクラさんの言う通りだ。でも、それだけじゃない。

 僕は言った。

「今回は本当に君のお陰だよ。君がいなかったら、僕はあきらめていたと思う。君たちを守る、なんてかっこいいこと言ったけど、全然ダメだな、僕は」

「そんな、実際に私たちを守ってくれたのはシンイチさんです」

「そうそう、これからもしっかり私たちを守ってね!」

「シアンさんはともかく、君に言われると、なんか釈然としないものがあるのはなんでかな」

「じゃあ、シアンを守るついでということで。私たちはオマケでいいですから」

 ホトリさんまで。

「と、とにかく、これからも、よろしくお願いします……」

 そう言ったシアンさんの赤らんだ頬に手を触れたくなったけど、今はやめておいた。


 ちなみに、受け止めた隕石はジキュウの裏側へと投げ返した。こっちでも向こうでも、熱線が開けた穴で激しい溶岩の噴出が起こっていたけど、その上に隕石を(落とすのではなく)下ろして穴をふさぐことができた。ヨウキョウ側の穴は、凍結フィールドで凍らせた。

 元通りとはいかないが、これ以上の被害は起きないだろう。

 やれやれだ。


 ◼︎ ◼︎ ◼︎


 スクリーンに映し出された監視者は、二人しかいなかった。

「ダニエル、ラリイに続いて、エドモンまで……」

「六人だったのが、半分になってしまったわね」

「どうやらシンイチのボッコは、私たちの神体すら上回る能力を持っているようね」

「予備だっていうのに、なんてこと!」

「予備だからよ。私たちに不測の事態が起こったときのための備えなんだから」

「そうか、私たちに乗り越えられなかった事態を乗り越えられるように、準備されているのね」

「で、どうするの? このままアスタ人たちが再び罪を犯すのを黙って待つつもり?」

「まさか! 一対一で敵わないなら、数の力で押し切るのが正道でしょ?」

「そうね、三対一、これなら負けは――エッ!?」

「? どうしたの、アルテル」

「ふ、二人とも、すぐに来て! 奴が、ボッコが来た!」

 二人の監視者は顔色を変えた。


〔つづく〕

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