「うそばっかり」


 彼女の、声。やさしい響き。


「なんではじめましてなのよ」


 もういちど、振り返ってしまった。彼女が、いる。


「いや、ええと、新しい日常を、邪魔しないようにと、思って」


「あのタペストリー。見てくれたのね」


「見ました。うれしかったです。あなたがちゃんと、普通で、いられて」


「泣いてるの?」


「いやあ、なんでだろ」


「わかった。あなた、思春期でしょ」


「やめてくださいよ。もう行きます」


「アトリエを見て、恋人がいると、思ったの?」


「はい」


「そっか。そっかそっか」


「だから。もう行きます。おしあわせに」


「油絵も私が描いてる。タペストリーで見つからなかったら、油絵に切り換えて、コンペとかに出して、なんとかしてあなたを見つけようと思ってたの。図書館に何度か行ってみたけど、会えなかったから」


「なんで、俺を」


「あなたのおかげで、立ち直れたから」


「俺の、おかげ?」


「入院先で、言ったの。あなたの言葉を、そのまま。認識野で、心の病気じゃない、って」


「あ、あのときの」


「そしたら、お医者さんが脳の先生を紹介してくれて。お父さんとお母さんを説得してくれたの。これが正常で、一生治ることはない、って」


「そうだったん、ですか」


「それでね。文字を使わないものの練習をしたの。絵と、縫い物」


「よかったです。お役に立てて」


「椅子が二つあるでしょ。そこに。カップも。お皿も。ふたつある」


「ええ。大事な人が、いるんですね」


「いるわ」


「うらやましいな、その人が」


「目の前に」


 目の前。


「あなたがいつか、見つけてくれる。そう思って、あなたがいつ来ても、いいようにって。揃えてたの」


 彼女。泣いている。


「いかないで」


 彼女が走ってきて。


 勢いをつけて抱きついてくる。受け止めた。彼女。自分のお腹から胸の辺り。くっついている。


「あのときと逆だね」


「あのときは、胸に触らないように配慮してましたから」


「えらい」


 彼女。抱きついてきたまま、離そうとしない。


「ずっと図書館にいてくれると、思ったのに。いないんだもの」


「一人暮らしの諸々で忙しかったんです」


「その年で?」


「もう18です。まだ仮登録新人ですけど、ベンチ入りは確定されてます。サッカー選手です」


「私は22になりました。画家です。自己紹介も、はじめてだね」


「あれ?」


「ん?」


「年齢が合わない」


「あ、ばれちゃった」


「中学生じゃなかったんですか?」


「小学校六年生でした。大人に見られたくて、古着で売ってた制服を着てたの」


「うそばっかりだなあ」

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やさしいうそ 春嵐 @aiot3110

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