百五十一話:原住民?



 巨木の影からこちらを覗く、小さな女の子。


 その子は、どこか幼さを残した顔や葉っぱを巻いただけの体を見るに人間とさして変わらない肌をしているのだが、明らかに人間ではない点が二つだけ存在していた。


 一つは身長、そしてもう一つは髪の毛だ。

 身長は目測五十センチほどとミャオよりも小さく、髪の毛は毛先にかけて植物の葉のようになっている。


 亜人種の木霊人ドライアド族? いや、違うな。

 木霊人ドライアドは人と変わらない背丈をしている。

 それに皮膚も人間じゃなく、木寄りだ。

 身長からするに、妖精族が近いか? だが、それも違う。

 肌の色や見た目が全然違うし、特徴である翅もない。

 何だ? 虎鐵みたいな亜種か? それともヴィクトリアみたいなハーフか? わからんが……興味深いな。


 俺たちの視線がその子に釘付けになっている中、その子は自身の体を髪の毛の葉のみで持ち上げたかと思うと、力の入っていない手足を宙にプラりと垂らしたまま跳躍し、そのまま二本の巨木を足場にぴょんぴょんと器用に登って行く。

 そして生い茂る枝葉の中へと入っていき見えなくなった。


 植物を動かすスキル? って事は……魔物か。

 原住民がいるのかと少しワクワクしていたんだがな。

 いや、待てよ? 真祖が<魅了>スキルを使えたなら、植物を動かすスキルを使える奴がいてもおかしくはない。

 あー、テンション上がるね、これは。


 その子が見えなくなったところで、呆気に取られていた面々はハッと我に返る。


「何だったッスか!? 今の子!?」

「……ミャオより小さかったよね。」

「タスク様は何かご存知ですの?」

「いや、知らん」

「珍しいであるな。主なら何か知っていると思ったが」

「意外と知らない事は多いぞ」


 だからこそ、イレギュラーを愉しめてる訳だしな。


 今、出会った女の子だってそうだ。

 IDO時代、北の大陸にNPCは居なかった。

 だがこの世界の北の大陸には原住民が居る気がしている。

 理由は大きく分けて三つあるのだが――。


 一つ目は言わずもがな今の女の子だ。

 幻覚でないのなら間違いなく北の大陸の住民だろう。

 服が葉っぱだったのを見るに文化は発展してなさそうだ。


 次いで二つ目だが魔物が少な過ぎる点だ。

 IDO時代はゲームだったからというのもあるだろうが、数分歩けば何らかの魔物とは出会っていた。

 しかし魔手田鼈と会うまでの数時間、糞や痕跡を見て縄張りを避けていたとはいえ出会わなすぎる。

 この点から見ても原住民……いや、各大陸からの調査隊の生き残りが村を築いていてもおかしくはない。


 最後に三つ目だが打擲麒麟が人慣れしていた点だ。

 温厚な魔物とはいえ、人である俺たちを見ても襲ってこなかったところを見るに人を見た事があるのではなかろうか。

 それが各大陸からの調査隊だという可能性もあるので、三つ目は原住民が居る点には直結できないが。


 まあ、原住民が居るにしろ居ないにしろ俺たちがやるべき事は変わらないからいいんだけど、もし居るのなら北の大陸を案内してくれるガイドさんが欲しかった……。



 その後、女の子が魔物の幻覚だったという可能性もあるので、念の為にへススが『ハイキュア』を全員に掛けてから、俺たちは再び虹サワン草採取への道のりを再び歩き始める。


 道中、俺の後ろからムスーッと頬を膨らませたポルを宥めるカトルと虎鐵の話し声が聞こえてきた。


「ポル、いい加減に機嫌直せよ」

「あの子、デロちゃん逃がした……謝りたかったのに……」

「タスク兄が泉にも魔手田鼈が居るって言ってただろ? だからさっきの魔手田鼈も戻ってるかもよ?」

「うむ。某も探すのを手伝おう」


 さっきの魔手田鼈は十中八九、戻ってないだろうな。

 憶測でしかないが、魔手田鼈が陸に居たのは偶然なんかじゃなく、何か原因があって逃げてきたと俺は思っている。


 もしそうだと仮定するならさっきの子……原住民だろう。

 人が生活するのに水は必須と言っても過言ではない。

 戦っていた魔手田鼈を追いかけてきて、俺たちに獲物を横取りされたから鎖を砕いて逃がしたとも考えられる。


 てことは、だ。

 あの子とは近い内にまた会える、最悪やり合うことになるかもしれないのか……俺の鎖をいとも容易く砕いた子と。

 やり合うのは嫌だな……普通に強そう……ワクワク。


 そんな事を考えながら歩いていると、開けた草原に出た。

 頭上を覆っていた枝葉はなく、空には満月と星々が輝いており、地面には足首ほどまでの草が青々と茂っている。


 お、ラッキー。

 時間が分からない今、空が見えるのはありがてえ。


「今日はこの辺で休むか」

「賛成ッス!」

「さんせー!」


 ずっと歩きっぱなしで暗い顔をしていたミャオとポルだったが、俺の言葉を聞いた瞬間、満面の笑みで即答する。


「それじゃあ、テント張るから手伝え」

「今からッスか!?」

「そうだが?」

「芝の上で寝たらいーじゃないッスか!!」

「そーだ! そーだ!」

「お前ら、虎鐵みたいに寄生蠕虫に寄生――」

「何やってるッスか! 早くテント張るッスよ!」

「え……ミャオ姉……?」


 凄まじい速さで手のひらを返したミャオに困惑するポルは味方が居なくなった事で渋々と作業をしていた。


 巨木の密生地と開けた草原の境目に丁度よく倒れた巨木が転がっている場所を見つけたので、その巨木の陰に予備のテントを張り終わったところで虎鐵が話しかけてくる。


「タスク。今日の見張りはどう致す?」

「あー、だいぶ開けた場所だからな。二人一組でいくか」

「うむ。では某は誰と組めば良い?」

「そーだな……」


 俺が全員の顔を見回していると、フェイとカトルが片方の腕をピンッと頭上に伸ばして声を上げる。


「ワタシも見張りやりマス!」

「俺も見張りやりたい!」


 この二人とポルにはウロでの見張りをやらせていない。

 というのも、何が出てくるか分からない北の大陸は好奇心旺盛な子どもからすれば玩具箱のようなものだからだ。

 フェイはあまり心配していないのだが、少しばかりカトルとポルに流されやすい傾向にあるため油断ならない。


 うーん……しかし、子どもを外すとなると俺・ミャオ・リヴィ・へスス・ヴィクトリア・虎鐵の六人で、二人一組と考えると三組で朝まで見張る事になるのか。


「よし、いいぞ」

「「ほんと(デスか)ッ!?」」

「ただし、条件がある。子どもだけでの見張りは却下だ」

「わかりマシた!」

「わかった!」

「という訳で、虎鐵はフェイと組んでくれ」

「あい、わかった」


 その他は対応のし易さを考えて、俺とカトル・ミャオとリヴィ・へススとヴィクトリアという組分けとなった。

 因みにソルは、元から働かせる気はないので有事の時以外はゆっくりと休んでもらうようにしている。


 え? ポル? 疲れたから寝るんだそうだ。


 食事も摂り終わり、最初に俺とカトルが見張りをするためにテントの隣で座っていると、カトルが話しかけてくる。


「ねー、タスク兄?」

「どした?」

「あと、どのくらいで着くの?」

「このペースで行くと多分、あと丸二日はかかるな」

「そっか。それじゃあ、ポルの契約も二日後になるんだね」


 夜空に輝く満月と星々の明かりで照らされたカトルの表情は、少し寂しそうにしているように見えた。


 両親を亡くし家族の居ないカトルやポルにとっての契約虫は、新しい家族のようなものだと二人から聞いた事がある。

 そんな二人にとっての北の大陸探索はテアのためでもあるだろうが、新たな家族を探すためでもある訳だ。


「そんな顔するな。ポルが魔手田鼈を気に入ってくれたみたいだし、契約できるまで何日でも付き合ってやるから」

「本当?」

「ああ。早く契約できるといいな」

「うんッ!!」


 カトルが元気に笑う。



 しかし現実は無情にも、その笑顔を破壊した。


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