知らぬ民話

安良巻祐介

 使い捨ての餅人形のような、便利な小坊主の沸く壺を持っていた男が、ある朔の夜に、壺を逆さにして伏せてみたところ、あとからあとから小坊主が沸き出ずること途方もなく、やがて家を呑み、家のある道を呑み、道のある山を呑み、どこからか聴こえてくる奇妙な節回しと共に、紺と白とのさざなみとなって、ざあざあ、ざあざあ、と都を目指した。いざる小坊主の波間に、人々の手足が、若いのや、老いたのや、太ったのや、痩せたのや、思い思いに突き出して、膝やら肘やらをと曲げながら、ないはずの月灯りに影林かげばやしをした。そうして小坊主はどれもみな同じ顔をしていた。ざあざあ、ざあざあと波打っていった。波をとどめる策悉く破られ、都は白旗上げて降参し、大路に宝珠を山と擲って迎えたが、誰も助からなかったということだ。むかし、むかし。

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知らぬ民話 安良巻祐介 @aramaki88

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