後日談 異世界転移者と魔法少女は、未来を語る


 たった一両の車両に、俺はスマホを握り締めて座っていた。

 平日の午後、星のようにきらめく青い海のそばを走る田舎のローカル線。

 他の乗客がいないのはきっと、元々移動する地元の人間が少ないのだろう。遠慮なく電話の相手と話すことができた。


「すごいな、もう東京も攻略したのか」

『大和さんの残してくれたもののおかげですよ!』


 新しい報告に、素直に感嘆する。

 スマホの電話口から聞こえてくる可愛らしい声が、俺の名前を呼んだ。

 決して交わる事のない人間同士が、音声のみでつながっていた。

 

「前に送った情報は役に立ったか?」

『みんなで協力して、万全の状態で挑むことができました!』

「怪我人とかは……」

『さすがに怪我はありましたが、みんな無事で、ほとんど完全勝利ですよ』

「そうか。それはよかった、本当に」


 もし他の誰かが聞いていたら、会話の内容を不思議に思っただろう。


 俺はかつて、とあるソーシャルゲームの世界に入り込んだ。

 単なる画面上の絵だったものが、魔法を使う異次元の敵によって命懸けの現実に変えられた。モブキャラクター同然の状態で放り出されたのだ。

 そのときに助けを求めたのが、今話してる相手、八咫純連だった。


「すみちゃんは、どんな感じだったんだ?」

『一番最後まで皆さんをお守りできました!』


 子供のように胸を張っているのに、言っていることは誇り高い。

 彼女は盾の魔法を使いこなす、不遇な低レアキャラクターだった・・・、魔法少女だ。

 ともに過ごしているうちに、ゲームには存在しなかった進化を果たして、主役の魔法少女にも劣らない力を手にしている。向こう側の現実で、異世界との戦乱を終わらせるために最前線で戦っていた。

 

『これも大和さんのおかげです。今回も沢山の人が助かったって、国の人も感謝していましたよ』

「なんか変な感じだな。こっちの世界は平和だし、俺は一般市民だし」

『前にたくさん出していただいた武器も、困っている国に行き渡りそうです』

「全世界に魔法少女がいるなら、あれだけじゃ足りなくないか?」

『普通の武器に、同じように魔法を付ける研究も進んでいるそうです。世界で一番先に進めているって、研究所の人も喜んでいました』


 俺がいなくなった後も、向こう側の世界は続いている。

 wikiで調べた魔法少女の情報も、課金ガチャを引きまくって残してきた武器も役に立っているようだ。

 

『こうしていられるのも、大和さんのおかげですね』  

「魔法少女や、沢山の人の頑張りだよ」


 列車の座席の背もたれに背中を預けて上を向く。

 吊革が揺れて、心地の良い車輪の振動が体を小刻みに揺らしてきた。

 こうして話していると、元の世界に帰らなければならなかったことがとても惜しくなる。


「すみちゃんは、これからどうするんだ?」

『東京が奪還できたので、この後は北海道に向かってほしいと言われています』

「北海道か。ゲームはまだ東京攻略をやってる所なんだよな……実装されてないし、これからは情報ではあまり役に立てないかも」

『それは残念ですが、仕方ありませんね……』


 向こう側で、がっくりと肩を落とした様子が見えたような気がした。

 俺は自分のスマートフォンからゲームにアクセスできなくなった。

 アプリを起動しようとしても真っ白になって動かないのだ。

 再インストールやアップデートをすれば動くかもしれないが、繋がりが切れるのが怖くて試していない。


 だから、かわりにネットの情報を駆使して、他のプレイヤーの情報を集めてわたしていた。

 そして、彼女たちは現実の時間を追い越してしまったらしい。

 誇らしいものの、役に立てなくなることが寂しかった。


『攻略でしばらくお話できていませんでしたが、大和さんのほうは大丈夫でしたか?』

「順調だよ。こうして無事に有給も取れるようになったわけだし」

『それはいいことですね!』


 俺の状況を知っているすみちゃんも、純粋に喜んでくれた。

 現実に戻ってから、ほぼ即座に辞表を出したことで無職になった。

 再就職は大変かと思っていたが、就職活動を始めてからほんの二ヶ月ほどで今の会社と出会って、今では余裕で食いつなげる状況まで持ち直した。


(貯金はなくなったけど……あの罵倒を聞かなくて済むんだから、安い買い物だったな)


 務めていた時は、本当に病んでいた。

 罵声や罵倒が日常のように飛び交い、毎日のように終電で帰宅するような生活は二度とごめんだった。

 あの世界に転移したときは死ぬかと思ったけれど、辞める決断ができたという点では後悔はない。


「今日はキャンプだ。テントを張って、ゆっくりバーベキューをしようと思ってる」

『最高じゃないですか! お肉を焼くんですか!?』

「いい肉を買った。海が近いから、後でそのへんで魚介とか仕入れる」

『聞いているだけでお腹が減ってきました……』


スピーカー越しに、ぐうとお腹の音が聞こえてくる。

今では国を代表する魔法少女になったというのに、性格が変わる様子はない。

思わず小さく笑ってしまった。


『大和さんとは、平和な世界で、普通に出会いたかったです』


 電車の雑音に紛れて、そんなつぶやきが聞こえてきた。

 俺は思わず声をつまらせた。


「ああ、本当にそうだな」


 架空のキャラクターでも、ゲームの世界の住人でもない。

 生きている人間である八咫純連は、偶然に力を手に入れてしまい、命がけの世界に身を投じることになった普通の女の子だ。

 人々の命を背負って、日常のように他の魔法少女達と共に戦っている。

 しかし、そんな風に生きていたいわけではなかった。


「同じ世界で生まれてたら、色々違っていたんだろうな、お互いに」

『はい……』


 車両の小刻みな揺れを感じつつ、目を瞑って思い出す。


 俺の人生は、他人と比べて良いものではなかったと思う。

 幼い頃に両親と離別して、たった一人で生きてきた。高校を卒業してすぐに就職して、世間を知らなかった俺は会社でこき使われるはめになった。


 でも、もしすみちゃんがこの世界にいてくれたら、どうだっただろう。

 人生はもっと良い方向に変わっていたに違いない。

 俺がただ一方的に救いを求めているだけではない。相手からも頼られている今だからこそ、そんな夢のような世界に生まれ変わることを夢想してしまった。




 クーラーボックスと巨大なリュックを背負った俺は、シーズンオフ中でほぼ無人のキャンプ場にたどり着いた。

 平日に、寂れた森のキャンプ場に来る物好きは俺だけだったらしい。

 木々に隠れていてそれほど景色もよくない場所で、用意を整えていく。

 

「ふぅ……よしっ、これでいいか」


 テントを張り終えた頃には夕暮れ時で、穏やかで肌寒い風が吹き抜ける。

 小規模な焚火と、バーベキュー用の小さなコンロ。それにアウトドアチェア二台を火を囲むように設置した。

 それから、あたりを見回した。

 キャンプサイトの周囲に人の気配がないことを確かめる。

 もうここに誰かが来ることもないだろう。


「じゃあ、やるか」


 俺は充電器に繋いだスマホを手に取って、ゲームアプリを立ち上げた。

 相変わらず真っ白な画面が浮かび上がった後は動かない。バグが起きてしまった時のように停止して一切の操作を受け付けない状態になる。

 そのスマホをチェアの上に置いて、俺ももう一つの椅子に座った。


 闇に染まっていく空の下で紅色が揺らめいて、くべた薪の弾ける音が響いた。

 少しすると、目の前から他人の息遣いが聞こえてきた。


「久しぶりだな、すみちゃん」

「やっとあえて嬉しいです、大和さん!」


 目の前の可愛らしい青髪の女性は、はにかんだように笑った。

 背が小さいのは相変わらずだが、髪を結んでいないせいか立ち絵と印象が大分変わって見えた。時間が経ったため、二人とも大人になった。


 フレンド救援機能。

 好きなキャクターを選択してチーム編成して敵と戦わせるゲームでは、一時的に『フレンドのキャラクターを1人だけ呼び出す』というシステムが採用されることが多い。


 最後の戦いの前に、プレイヤーとしての能力が使えることに気付いた俺は、それを覚醒させて戦いを挑んだ。

 この世界に戻ってきてから、二つのうち『ガチャを引く能力』を失った。

 しかし、この能力だけは残り続けてくれた。

 

「大和さんの世界も、こちらと変わらないんですね」

「ここは田舎だから特にそう見えるだろうなあ」


 用意したチェアに深く腰掛けて、しみじみと言った。

 向こうの世界の主要な都市はほとんど崩壊しているので、街の方に行けばきっと印象は変わるだろう。


「外で会えるなんて、なんだか変な感じですね」

「気軽に呼び出せないからなあ。ゲームを知っている人に見つかったら、何言われるかわかったもんじゃないし」

「もう大人になったので分からないと思いますよ」

「万が一ってこともあるし、それに美人になったから余計に目立つよ」

「美人ですか! ことちゃんからも、大人になったと言われました!」


 嬉しそうに両腰に手を当てて胸を張った。

 まあ、外の世界に出て行ったらさすがに気づかれるだろうな。

 俺が出会った時のすみちゃんは確か高校二年生で、今は大学卒業程度。天真爛漫で可愛らしい姿は変わらず、今でもゲーム自体は世界的な人気を誇っているのだから誰かは気付いてしまうだろう。

 煎れておいたお茶を、落ち着いた様子ですするすみちゃんに尋ねる。


「明日の夜までは一緒にいられるんだったよな」

「東京攻略のおかげで休暇が出たので、いつもよりゆっくりできますよ」

「色々話したいこともあるけどさ。お腹減ったし、飯食べよう」

「最初はお肉を焼きましょう! 今日も取材があったのでお腹ぺこぺこです!」

「よし、さっそく始めるか」


 クーラーボックスを開けると、たっぷりと肉や海産物、野菜。

 果汁なしジュース、アイスクリームなども詰まっている。


「これを全部食べていいんですか!?」

「ああ、好きなだけ食べれるように買ってきた」


 すみちゃんが目を輝かせ、俺もにやりと笑った。

 そうして一夜きりの、大切な人とのキャンプを始めた。


「こうやって会って話せるだけで、嬉しいな」


 大判の肉を焼いている最中に言う。

 皿を手にわくわくと焼けるのを待っていたすみちゃんは、俺を見て一瞬ぽかんとしていたが、やがて腕を組んでうなった。


「わたしも不満はありませんが、まだまだ諦めていませんよ」


 そう言うと、いつの間にか置かれていたリュックを開いた。

 転移の時に一緒についてきたのだろう。中身はごつい機械ばかりが入っていて、随分と重そうだ。


「それは何だ?」

「研究所から預かってきた、異世界研究のための機械です」

「ということは、つまり……」

「大和さんに、わたしの世界に来ていただく話。諦めていませんよ」


 真剣な藍色の眼差しを向けられて、嬉しさで頬を緩めた。


「……そうだな。この『能力』だっていつまで続くか分からないし、スマホが壊れるかもしれない」

「そうなる前に、世界を平和にしてわたしのところに来てもらいます!」

「行きたいな、ぜひ」

「八咫家はすっかりお金持ちなので、手始めに家を買いましょう!」

「そういえば魔法少女の給料って相当すごいんだったな……羨ましい」

「全部終わったら贅沢し放題ですよー!」


 他愛もない話をしながら、焼けた最高級の肉を楽しんで未来を語った。

 二人の大切な夜が更けてゆく。

 平和な世界で生まれたかった魔法少女と、恵まれなかった過去を持つ男達の表情に曇りはない。お互いに一番叶えたかった夢を実現しつつあるからだ。


 必死に足掻きながら、更なる幸せを追い求めるために生きている。

 似たもの同士のふたりは、楽しそうに笑いあっていた。

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ソシャゲの世界に転移したモブの俺は、推しの低レア魔法少女と共に世界を救う 日比野くろ @hibino_kuro

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