後日談 最強の魔法少女は、未来を駆ける


「最強の魔法少女、すみちゃんが、必ず街をお守りしてみせますっ!」


 彗星の如く現れた魔法少女は、大量のカメラの前で堂々と言い放った。

 その瞬間に大量のフラッシュが焚かれて、質問がいっせいに飛んでくる。まるでプレッシャーを感じていない様子で、過剰とも思える自信が表情に浮かんでいた。

 


 『最強』の魔法少女。

 それはかつて彼女が自称していた、あまりにかけ離れた称号であった。




*   *   *


 災厄が降り注いだ日、世界中の少年少女が『魔法』という超常の力を手にした。

 魔物を討伐する者が出始めた最初期の頃、八咫純連は魔法少女として独りで戦っていた。


「はぁ、っ、『リフレク・シールド』……!」


 街の入り口で、純連は手を掲げて、目の前に魔法の壁を作り出した。

 襲いかかってきた小鬼ゴブリンは、突然現れたオレンジ色の壁に棍棒を思い切り打ち付ける。その衝撃がそのまま反発して、大きく吹き飛んだ。

 仰向けにひっくりかえった緑色の体が、光になって消えていく。

 だが息を切らせた純連は、その様子を見ていなかった。


「う、ううっ……」


 魔物の姿はもうどこにも見えない。それなのに、頭を抱えて自分が作り出した盾の内側で震えつつ、怯えていた。

 街の入り口で、最弱の魔物しか現れないこの場所でも、恐怖を感じていた。



 魔法を扱って戦える人間は、あまりに少ない。

 才能を持つ人間がそもそも少ないという問題もある。

 しかし問題なのは、力を得るのが未成熟な年頃の少年少女という点であった。


 ある者は、人間を殺そうとする、明確な殺意を持った生物に心を折られる。

 ある者は、大怪我を負った仲間の姿を見て、二度と戦えなくなってしまう。


 繊細な心を持つ子供についた心の傷は、大人のそれよりも何倍も大きい。

 それでも駆り出されるのは、彼らの力がなければ、自分たちの命が脅かされると国民が理解しているからだ。


 そんな事情はあるものの、誰も引退していく彼らを責めたりはしない。

 仕方ないとはいえ、嫌がる子供を無理やり戦場に駆り立てるほど民衆は鬼ではない。



  

「お母さん、お父さん……純連は、もうだめかもしれません……」


 引退していった少年少女と同じように、戦場に立つことに恐怖を覚えていた。

 弱音を吐いて、それなのに自分で驚いた表情を浮かべた。


「ち……違いますっ! 大丈夫、純連は、まだ戦えるんです……!」


 誰が聞いているわけでもないのに、首を大きく横に振って否定した。

 手は小刻みに震えている。拳の内側に脂汗が滲んでいる。

 心の天秤が反対側に傾かないように、歯を食いしばって必死に支えていた。



 魔法少女としての力を手にした八咫純連は、討伐に失敗した。


『あの、魔物はっ』


 両親を殺した魔物に出会った。

 赤色の核を持つ、人を丸呑みにできるほど巨大な粘液の怪物だ。

 親の仇だと確信を得た純連は、自ら魔物に戦いを挑んで、それなのに一方的にやられて命からがら逃げ出した。


『純連は必ず、最強の魔法少女になってみせます!』


 魔法少女に目覚めて戻ってきた日、涙ながら廃墟の前で誓った。

 この力できっと昔のような平和を取り戻して見せる。

 バッタバッタと魔物を倒して、みんなを救うヒーローのような存在になってみせると、そんな風に成長した自分自身を夢見ていた。


 そして、八咫純連は身の丈を知った。

 スライムの親玉に敗北した時から、逃げ癖がついてしまった。

 先の街に進むこともできなくなった。未知の地域には、両親の仇のボスモンスターよりも強い魔物が出るかもしれない。それが恐ろしすぎた。

 結局、自分が倒せた・・・魔物だけを狩り続けて、誰も聞いていないのに虚勢を張った。


 いつか、必ず強くなるんだと。

 来るはずのない日を待ち続けて、未来を見ようとしなかった。




 夢は追い続けなければ、決して叶うことはない。

 心を折りかけていた純連は、そのままではきっと緩やかに死んでいた。


 だが、仲間に立ち上がらせてもらった。

 命を懸けて、守りたいものを守るために戦い続けた。

 その道筋の果てには、想像さえしていなかった輝く世界が広がっていた。




*   *   * 


 制服姿の純連は、崩壊した京都の街に訪れていた。

 限られた人員だけで、瓦礫の撤去など、街を復活させるための仕事が行われていた。闊歩していた魔物の姿は皆無だが、定期的に自衛隊が巡回していた。


 まだ一般人の立ち入りは許可されていない。

 魔法少女である純連は一般人ではないものの、今日は久しぶりに不正に進入していた。魔法少女の力を生かして、屋根の上を跳んできた。


「ほいっと、到着ですね」


 訪れたのは、復興の始まった中心地ではなく山間部に近い北の端だ。

 縄張りとしていた最弱の魔物が出現していた領域。昼頃の青空の下、この場所の人通りは皆無だ。

 純連は廃墟の前でつぶやいた。


「ただいま、です」


 元・八咫家の解体が始まるのは、まだ先のことになるだろう。

 見るも無残な姿になった木造の家に足を踏み入れる。

 屋根も溶かされ柱も無残に折れている。魔法少女でなければ危険すぎて、純連も立ち入ろうとしなかっただろう。


 あまりに悪い足場を飛び越えて居間に入る。

 骨組みだけになった天井が、ボロボロに剥げた畳を照らしていた。煤と砂で汚れていたが、純連は気にもせずに座って手を握り締めた。

 

「……お母さん、お父さん」


 ずっと握っていた手を開いた。

 赤色のガラス片が装飾として組み込まれた、魔法少女の髪留めだ。変身時に髪に装備しているそれだけを現出させて、軽く汚れを払ったちゃぶ台の上に置いた。


「えへへ。こうして家に戻ってくると落ち着きますね……あっ、これはお土産です。驚かないでください。純連の稼ぎで買ったんですよ!」


 ついでにバナナの描かれた紙パックを三つ、テーブルに置いた。

 純連が愛飲している、果実ゼロパーセントの清涼飲料水である。



 ――周囲に人の気配はない。


 純連はたった独りで、自らの髪留めに対して話しかけていた。


「どうしてもお母さんとお父さんと、ここでもう一度お話がしたかったんです。あのあとの純連の大活躍を聞いてほしいんですよ!」


 いつもの調子で話していると、少し照れ臭くなって、笑って誤魔化した。

 だが結局映画の内容を語るように、平和だった頃と変わらない口調で話し出す。

 まず懐から新聞を取り出して広げてみせた。


「どうですか! 新聞に、純連とことちゃんのツーショットが載ったんですよ!」


 大見出しは『世界初、魔法少女勝利 京都の街を開放!』だ。

 掲載されている写真には、魔法少女に変身した親友の七夕琴海と、そして自分自身がぽかんとした表情でうつしだされていた。

 だが純連は見せておきながら、自分でも写真を見つめて不満をこぼした。


「このときはまだ、頭が追いついていなくて。ちょっと間抜けな表情で世界中に写真が出てしまいました」


 シリウスと純連。魔法少女として雲の中心部に辿り着き、そこで元凶を撃ち倒した魔法少女として紹介されていた。

 その新聞記事は一面だけでなく、どのページもその話題で埋め尽くされていた。

 いったん記事を横に置くと、今度は意気揚々とスマホを取り出して見せた。


「ネットの記事を見せたほうがいいですね。こっちは格好良くうつってますよ!」


 純連の持つスマホは、一般サイトのニュース記事を映し出した。

 今まで持っていたものとは違う。

 一部の魔法少女しか持つことが許されない、政府と直接通信ができる黒色の特別仕様に変わっていた。


 無名の魔法少女が人類初の偉業を成し遂げた。

 その話題性は、あまりにも大きかった。

 外国圏でも大きくとりあげられ、今や二人の名前を知らない人間はいない。


「純連は、すごいことをやり遂げたんです! ……だから、褒めてください」


 それほどの有名人となった純連は、そこで寂しそうな表情を浮かべた。

 喋るのをやめるだけで、賑やかだった場が静まりかえってしまう。


「いつもみたいに、撫でてください」


 小鳥の鳴く声が聞こえた。

 街が元に戻ってから少しづつ、何もかもが元通りになり始めている。

 しかし、失われた両親は戻ってこない。


「お母さん、おとう、さん。聞こえていますか」


 瞳を潤ませ、涙を零した。

 純連の言葉に返答を返してくれる人間は、もうこの世にいない。

 魔法少女として”進化”を遂げた日のような特別な奇跡も、二度は起こらない。


 もう一度だけ逢いたい。

 その願いが叶えられることはないことは、分かっている。

 

「二人に見せたいものが、他にもあるんですよ!」


 だから涙を拭って、少しでも両親を安心させたかった。

 赤い目のままではあったが、とびきりの笑顔を浮かべてみせる。


 スマホを操作して表示させた画面を、両親の遺品である髪留めに向けてみせた。

 そこには『京都の街を救った魔法少女、東京へ』という見出しのニュース記事が書かれていた。


「純連は、ようやく『夢』を見つけられたんです」


 手をかかげて、魔法の力を湧出させる。

 綺麗な水色の魔力だ。綿のように柔らかそうなそれは、手を握ると簡単に霧散して消失した。


「魔物を倒すことはできなくても、みんなを守る・・ことができる。この魔法を求めてくれる人がいるのなら、それに応えたい」


 これは、かつて求めたような、戦うための力ではない。

 自分の魔法が魔物を倒すのに向いていないことは、よく分かってる。

 しかし、もう拘りはない。


「だから……」


 夢の先まで導いてくれた『ある人』が教えてくれた。

 今、歩もうとしている道が間違っていないと、心の底から信じることができた。


「純連の大活躍を、空の上から見ていてくださいね」


 両親の墓前で、とびきりの笑顔を浮かべた。

 誰よりも愛している人を安心させるには、十分な言葉であった。





 ――八咫純連は、IFの未来を知っている。


 ”ある人”の記憶を覗いた純連は、この世界がゲームを象っていることを知った。

 その世界の自分は、あまりに弱い姿で停滞していた。

 弱いまま誰からも必要とされず、惨めに消えていく運命をたどった。

 その内容全てを手放しで信じているわけではないが、もしも切っ掛けがなければ、同じ結末を辿っていたはずだ。

 

 あの頃は、強い魔物と闘うことが何よりも恐ろしかった。

 今は、あの頃のような弱い自分に戻ることが、何よりも恐ろしいことだった。

  



*   *   *


「すみません。ちょっとだけ遅れてしまいました」

「ようやく戻ってきたのね」

 

 桜花学園に用意された、控室に入った純連は謝罪した。

 すでに記者会見の用意を終えて待っていた相棒・七夕琴海は、じとりと純連を見る。

 腕を組んでいたが、相棒として行き先は知っていた。だから深く責めなかった。


「とにかく早めに用意を済ませるべきです。今日は忙しくなりますよ」

「あ、あの……」

「何ですか」


 鋭くて短い返事に、純連はおずおずと尋ねた。


「これから純連たちは、いろんな人の前で喋るんですよね……?」

「ええ」

「ここに来るまでに、今までに見たことがないくらい人がいるのが見えたのですが……本当にあそこに立つんですか?」

「その通りよ」


 琴美は何でもないことのように、さらりと言ってのけた。

 だが、それを聞いた純連はさっと青ざめる。


「あ、あんなたくさんの前で喋るなんて……ことちゃんは緊張しないのですか」

「最後の、あの魔物を倒すよりは楽でしょう」

「比較対象がおかしいです!」


 両親の墓前とはうってかわって、あまりにも弱気であった。

 これから待っているのは、魔法少女としての活躍を語る記者会見だ。


 世間にとって今回の一件は劇的であったが、同時に謎にも包まれている。

 どのように魔物を打ち倒したのか、街の中心部には何が存在していたのか。

 そして魔法少女の"進化"とは何なのか。

 その答えを持った自分たちが、すべてを語る役割を負っていた。

 世界中の人間が、二人が現れるのを待っているのだ。

 

「緊張で吐きそうです……」


 素直な感想がこぼれでる。

 こうなるとは思っていたが、話の規模が、あまりにも想像を上回っていたのだ。

 オドオドと萎縮した親友に、琴海は息をついて向き直った。


「純連」

「は、はいっ、ことちゃん」

「あなたは昔『最強の魔法少女になりたい』と言っていましたね」

「はい……」


 厳しい口調に怒られていると思ったのか、純連は声をすぼめていく。

 そんな彼女の両肩を強く掴んで、訴えかけた。


「これからは本当に最強の魔法少女として評価されます。それは避けられません」

「……はい」

「苦しむことも、悩むことも、他の魔法少女よりずっと多くなるはずです。ですが、こうなった以上逃げることはできません」


 遠い憧れでもあった剣の魔法少女は、既にその重圧を知っている。

 街の住人を魔物から救った英雄として扱われてきた。だから更に強くのし掛かってきた責任と重圧にも負けずに、前に進むことができる。

 しかし突然、世間から認められるようになった純連は違う。


「駄目ならここで下がるべきです。拒否するのも、あなたの権利です」

「…………」

「あなたは、それでも魔法少女を続けますか?」

「辞めません」


 あれだけ怯えていたのに、その質問には即答だった。

 怖がってはいることは間違い無いが、その芯は全く揺らいでいなかった。

 

「ではあなたは、その身に宿った魔法の力を何に使いますか」

「色々な人を守るために、使いたいです」

「……皆が求めているのは、私たちがずっと、そうあり続けることです」


 琴海は、ほほえんだ。 

 自分を取り戻した親友と肩を並べられることを、琴海は誇らしく思った。


「難しい質問は慣れているわたしと、政府の人に任せて。あなたは、その気持ちだけを伝えればいいです」


 二人しかいない部屋で、魔法少女としての力を解放する。

 ただの学生であった七夕琴海は、英雄・魔法少女シリウスへと変身した。

 

「行きましょう、純連」

「はいっ、ことちゃん!」


 純連の全身が、煌びやかな青色の光に包まれる。

 軽快な変身音が響き、そして光が解放された。

 最終進化を遂げた後の華々しい衣装は、どの魔法少女にも引けをとらない美しさだ。


 神々しい魔法少女は更なる舞台に駆け上る。

 選んだ道の先には、大勢の人が助けを求めて待っているのだから。

 純連は"あの人"と繋がっている、古いスマホを胸に抱きしめた。

 

(純連は……やっぱり、『最強』の魔法少女になりたいです)


 昔は『最強』の言葉の重みなんて、何も知らなかった。

 魔法少女シリウスや、トップクラン『天橋立』のメンバーが立っていた世界に足を踏み入れる。考えもしないような責任と苦労がのしかかるはずだ。


(それでも、純連は絶対に負けません)


 ひしひしと感じている重いプレッシャーにも、勝てると思った。

 雲の上から、両親が自分の成功を願ってくれている。

 これからもずっと、一番の親友が側で支ええくれる。

 どれだけ失敗して傷ついても、世界で一番優しい人が慰めてくれる。


「純連、行くわよ」

「はいっ、ことちゃん」


 親友に手を引かれながら、最弱だった魔法少女は、憧れの華々しい舞台に登る。


 これからも強くあり続ける。

 八咫純連は、最強の魔法少女となる決意を固めた。


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