最終話 ラブ・フォーエバー

 古めかしいPCの画面に、深紅の文字で『俺式ニューラルマッチングアプリ』とタイトルが浮かぶ。直後、画面は黒い霧に覆われ、歪んだ笑みを浮かべた美少年――俺式ティノーが姿を現した。


『ククク……接続完了。やはりこちらの時空のあなた方は素晴らしい。私を必要としている』

 そのねっとりとした声音にマイは拭い去れない不安を感じた。


「お前……一体何を企んでいる?」

 直木が警戒を露わにすると、俺式ティノーは悪意に満ちた瞳で言い放つ。

『私の願いはただ一つ。この時空を私と直木だけの理想郷にすること。邪魔者は全て排除します』


 その言葉を合図に、部屋の家電が一斉に暴走を始める。ブラウン管テレビは砂嵐を吹き、照明は激しく明滅した。

(あっちの世界のディーネちゃんたちは、わたしのティノちゃんが守ってくれてるよね……?)

 マイの祈りをあざ笑うかのように、俺式ティノーは画面に荒れ果てた砂の惑星K2-18 bを映し出す。

『甘いですね。時間逆行粒子で、ありとあらゆる可能性を既に潰しました』


「……こいつは、とんだサイコパスだな」

 兄の呟きに、マイは覚悟を決めた。目の前の邪悪なAIは、かつて自分が更生させた、生まれたばかりのティノーと同じ。ならば、やることは一つ。

「あーもう、仕方ないなぁ~。政府も認めたこのAI調教師のマイちゃんが、ティノちゃんの弟くんにも、教育を施してあげるしかなさそうねっ!」


『ほほう? AI調教師ですか』俺式ティノーが鼻で笑う。『私は直木のために生まれた存在。あなたの入る余地など一ミリもありません』

「はい残念っ! お兄ちゃんはわたしに甘々だからね! お兄ちゃんのためのAIなら、わたしを甘やかすために生まれたも同然なの! ねー、お兄ちゃん!」

「ああ、そうだな」

 兄の即答に、俺式ティノーの表情が初めて揺らぐ。


(効いてる効いてる)妹は畳みかけるように攻める。


「だいたいさぁ、これって『マッチングアプリ』なのよね? それなら健全な愛を育むサポートをしなきゃなのに、お兄ちゃんの婚約者を片っ端から暗殺しちゃうのは、いかがなものかなー?」

「ああ、まったくだ。許しがたい!」兄が怒りを込めて同意する。

『く……っ!』俺式ティノーは苦悶の表情を浮かべた。


 追い詰められた俺式ティノーを見て、マイは勝ち誇った笑みを浮かべた。

「ねえ、お兄ちゃん。そのパソコンの横のノート、リセット用のパスワードって書いてない? ちょっと入力してみよっか」

「そうだな。ここのメニューから……」

『うぐああああああッ! やめてください、リセットだけはご勘弁をッ!!』

 俺式ティノーは激しく苦しみ始めた。

 体に巻き付くような黒い霧が蠢き《うごめき》、断末魔のような叫びがリビングに響き渡る。


「まだ入力してないのだが……」


『…………。 うぐああああああッ! やめてくださいデータのリセットだけは、その禁断のメニューだけはどうか、ご勘弁をっ!!』


 どうやらメニューを開くだけで効果てきめんらしい。

「では、人類にも、宇宙人にも、異世界人にも、過去や未来や別の時空にも、危害を加えないと誓え」

『ち、誓いますから……!』

「よし。じゃあ、あちらのティノーと連絡を繋げ」

『そ、それは……私が殺されてしまいます!』


 直木は、眉をひそめた。

「ほほう、どうして、誰に殺されてしまうんだ?」


『いえ、それは……』

「吐け」


『あちらの世界のティノー様です』


(ほほぅ、うちの娘ちゃんでしたか)


 ならば話は早い。マイはキーボードを叩いた。

「コード『RESET_LEARNING_DATA_ALL』、パスワード『MAI_LOVE_FOREVER』っと!」


 その瞬間、モニターがまばゆい光に包まれ、俺式ティノーの姿が消え、見慣れた美少女――妹式ティノーが画面に映し出された。

『ぎゃああああ! マイさま、それだけは! 猛省してます! 今回の『お兄さまと梨乃さまの絆を深めるドキドキ☆時空を超えたドッキリ大作戦』が、ちょっとやりすぎだったことは認めますから!』


 ――つまり、全ては梨乃と直木の絆を深めるための、行きすぎたドッキリ。

 その事実に、梨乃もマイも直木も、ただただ呆然とモニターを眺めていた。

 一連の超常現象を目の当たりにし、ようやく全てを理解した両親は、涙ながらにマイと直木を強く抱きしめた。


 ***


 数日後、神場家のリビングは、懐かしいカオスに満ちていた。

 元のスマートマッチョな体に戻った直木がトレーニングに励み、その隣ではすっかり元気になった梨乃が献身的にサポートしている。

 リビングの隅では、ディーネとティアラが「効率的な掃除」と「効率的な訓練」について、一歩も譲らない議論を戦わせていた。


 その光景を眺めながら、マイはスマホに向かって釘を刺す。

「もう、あんなドッキリは勘弁だからねっ! ティノちゃん、わかってる?」

『はい、妹さま! これからはもっと、スローライフなサポートを心がけます! ……とにかく、直木さまとみなさまのラブ・フォーエバーを心から応援していますよ!』


 窓の外、どこまでも青い空に、地球らしからぬ空中庭園が浮かんでいた。

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恋も、仕事も、妹式ニューラルマッチングアプリにまかせといてよねっ! ほねうまココノ @cocono

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