第2話 ノックダウン

 (喧嘩なんてしたこと無い……というかしたくない)宇佐美は自転車を漕ぎながら、考えたくなかった人の殴り方のイメージを創ろうとする。

「だめだ、このまま行くと角田を殺す……。」

 宇佐美は人は勿論のこと、生き物全般を「殺す」という行為にとても嫌悪感を抱いていた。しかし、この喧嘩という「闘争」においてのイメージを作ってしまった。

 「もういっそ殺人犯にでもなるか。」宇佐美は驚いた。こんな言葉が、捻られた蛇口から出る水のように出てくるのかと。ここ日本において個人の思想は苦痛と言っていい程に自由であり、そしてそれが今の宇佐美を苦しめていた。

 そんな心持ちのまま自転車は前へ進むことを宇佐美に制御され、呼び出された公園の柵に立て掛けられた。頭上は灰色雲が割れた板のようにかかっている。

 既にその場所にいた角田は眼差しを強く持ち、宇佐美に近寄る。

「…俺がなんでお前を呼び出したか分かるか……」

角田が言い寄ってくる。しかし、宇佐美は当然そんなもの知るわけは無い。

「しらねーよ……、なぁ、帰っていいか?」少し挑発してしまったと後悔したのも束の間、角田はその眼差しをいっそう強く宇佐美に向け

「本当にわからねぇのか!」と怒号を飛ばす。宇佐美は「……うるさい。」と呆れ声で呟いてから、

「分かんないからさ、簡単に言ってくんない?」と倦怠感を多分に含ませ角田に言い放った。

 角田は我慢の限界のようで、宇佐美の胸ぐらを力強く掴み

「陽子の事はなんとも思ってねぇのかよ!おい!」と宇佐美の顔の前で怒鳴った。陽子は角田の友人で、宇佐美がついこの間別れたばかりの女子生徒でもあった。

「たかが友達のさ、なんでお前が突っかかってくるんだよ。」宇佐美は透かした口調で言う。その口調か気に入らない角田は、ついに宇佐美を押し倒し、馬乗りになり、首を目いっぱいに締め付けた。

「陽子はさ…本気でお前のこと好きだったんだよ!わかるか!?それをお前は踏みにじったんだよ……!」最後のよの字が霞んでいた。押さえつける手が一瞬弱くなったタイミングで宇佐美は、すかさず今の体勢から抜け出した。

 なるほどね。宇佐美は、霞んだ最後の1文字で角田の陽子に対する気持ちが理解出来た。次の瞬間、角田は抜け出した宇佐美に向かって右腕を思い切り振り上げ殴りかかった。宇佐美はそれをあしらう様に躱し、角田の左こめかみに右手の拳をぶつけて気絶させた。公園には雨が真っ直ぐに降っていた。

 

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正しさの意味と自由の刑 @fly_taku

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