#056 天才魔導士サルヴァスさんが仲間になった!?

「アルビオンの状況を一通り調べた。詳細については引き続き、考察の余地があるがひとまず確実であろうという状況を教えてやる。せめて貧相な脳みそへ刻みつけることだ。この僕の分析なのだから間違いなどはあるまいがな」

「いちいち勿体ぶってるんじゃねーよ、さっさと話せ」

 ギルとサルヴァスさんはすぐ喧嘩腰になる。

 本当、これって仲が良いからなのか、本当に険悪なのか、判断がいまだにつけられない。

「まず、アルビオン住民の死因だが、魔力の過剰吸収によって絶命に至ったものと考えられる。どこぞの阿呆がアルビオンに仕掛けた大魔術だろう。脱出が難しいと判断し、各自の研究室でやり過ごそうとした魔道士もまた、これに耐え切れず死んだと見るべきだ。僕は箱舟に乗ったことで免れたがな」

「はい、魔力の過剰吸収って何ですか?」

 手を挙げて尋ねてみるとサルヴァスさんはじとっと僕を睨んだ。

 そんなことも分からないのかとばかりの、すっごーく不本意そうな目をしている。

「あとでまとめての質問の方がいいですか?」

「……白級であれば仕方があるまい。ただし、同じ質問をするな」

 応じてくれた。

 意外。

「魔力を外部より、強制的に吸い上げられて死亡した、ということだ。その方法については複数考えられ、どういった手法でこの攻撃を受けたかは不明だ。魔力を有する者にとって、これを失うというのは生命力を失うに等しい」

「魔力が生命力? 魔力のない人は、関係がないんですか?」

「その通りだ。そも、魔力とは人体の細胞1つずつが有しており、これを引き出して用いる。つまり体質という才能に近い。魔力を失うと細胞そのものの活動さえ弱ってしまう。魔力を全て失うというのは、細胞全てから魔力が失われ、その活動を停止させることと同義だ。体も動かん、急速に魔力を失えば眠るように死ぬ。そういう安楽死の方法もあった。しかし細胞変異の病などに対し、病状の進行を遅らせるため治療目的で魔力吸引をするケースなどもある」

「癌の治療ってこと?」

「また、大掛かりな魔術行使のため、魔力吸引をすることで魔力を貯蔵し、補填する利用法も一般的だ。細胞から失われた魔力は時間が経てば自然と戻る。また細胞は一定以上の魔力を溜めておくこともできないため、十分に溜まっている状態では新たに魔力が生成されるということもない。全ての細胞が等しい量の魔力を保有するということもない。毛髪などは死んだ細胞と言われているが、ここには不思議と魔力が多量に残されていくため、魔導士は毛髪を材料とすることもある。ここまでで質問は?」

「はい! 細胞分裂などが起きると魔力はどうなるんですか? 細胞の老化の時は?」

「……話が逸れすぎる、後で講義をしてやる」

 やった、教えてもらえる!

 何だかサルヴァスさんの好感度が上がる。

 意外にいい人だねとギルに伝えようかと、ギルを見たら、すごーくつまらなそうな顔をして鼻くそをほじっていた。

「終わったか、小難しいのは?」

「どこが難しい。5000年経とうが頭の悪さは変わらんか。安心したぞ、ギルバート」

「お前もな。続きを話せ」

「魔力の過剰吸収でアルビオンは都市機能を奪われ、住民の人命もまた失われた。魔導士もまた同様だろう。

 そして都市間ネットワークも調べてみたがどこも不通となっている」

「はい、都市間ネットワークって何ですか?」

「……文明がどれほど後退したのやら。

 遠隔地同士でさまざまな情報をやり取りするための仕組みだ」

「それって都市間じゃないとできないんですか? 個人間で端末を介してのやりとりとかは? 出先で簡単におしゃべりとか」

「そんなことをしてどうなる。ない」

 ないのか。文明が高度になっても同じ方向性への進化はしないということだろうか。

「じゃあ都市間ネットワークっていうのはどんな風に使われるんですか?」

「都市と都市との間で相互に連絡を取り合うことができる。また、この設備を利用し、その都市内にいるのであれば個人でも同じことが可能だった。しかし不通となっている。炉心が落ちているのだから機能しようがなかっただろうが、炉心そのものはお前らが再稼働させたのだろう? 他の都市も機能を停止しているはずだ」

「それって都市間じゃなくて、都市から離れた場所で個人同士とかって利用法はできないんですか?」

「だからそんなことをしてどうなる」

「世界が縮まります」

「……ほう」

「本来、長い時間をかけて物理的に文書を届けなければなりませんが、これが実現すれば遠いところにいながらリアルタイムで会話をしたり、必要な文書のやり取りをすることもできます。商業活動のみならず、本来は知り合いになれなかった人同士のコミュニケーションも可能となり、ひいては様々な可能性が生まれるかと思います。これまでになかった新たな経済活動、新たな交流の場としての機能、様々な情報が爆発的に広まります」

「それで?」

「……えーと、それで、っていうと?」

「経済活動など魔導士にはどうでも良い」

「ええ……? で、でも経済が活発になれば豊かになるでしょうし、文明の発展につながるというか」

「どうでも良い。魔導士が目指すべきは魔術の発展だ。そこらの一般人がどうなろうと関係がない」

「……そうですか。でも僕はその辺、とっても興味津々です! だから可能性について教えてほしいです!」

「そんなものは後回しだ!」

「やった、後で教えてもらえる!」

「お前、ほんっと、何かこう……あれだな」

「いいの」

「そんで結局、何が分かったんだよ? とっとと結論から言え、結論から」

「相変わらず貴様は……。ともかく魔力吸引の影響で各都市は分断、音信不通、恐らくどこも同じ状況であろう。そしてギルバートの話によれば時を同じくして地上は大炎上。吸引した魔力による何らかの大規模術式が行使されたのだろう。しかし依然、犯人には見当がつかん」

「要するに何も分かってねえってことじゃねえか。散々、あれしろこれやれって手伝わせといて結論はそんなかよ。使えねーの」

 ばっさりとギルが言い切り、サルヴァスさんがギラリと鋭い視線を向けた。しかしギルはどこ吹く風でうんざりした顔だ。

 これは話題を変えねば。

 遠慮がないという間柄を親しいと言うならば、確かにこの2人は仲が良いだろう。が、親しき仲にも礼儀ありという言葉があてはまらないので険悪である。つまり紙一重なのだろうと僕は察している。

 本当はきっと通じ合えるのにそうしようとはしないのだ。

 仲良くした方が人間関係なんていいはずだと思うのに、どうしてしないのだろう。


「はい、サルヴァスさん! 白級の僕が宝の持ち腐れだから云々ってところについて、教えてほしいです!」

「貴様は尋常ではない魔力を持っている」

「前に無限だって言われました!」

「何? 聞いていないぞ!」

 言った気がするけど、完全に忘れられてるんだろうか。

 それとも本当に言い忘れていただろうか。いや、きっと言った。

「誰に言われた」

「ええと……よく、知らないです。何か、死にかけた時にだけコンタクトが取れて、僕の魂の情報がどうこうで僕とそっくりな姿形と声と喋り方で……」

「……禁忌の深淵アビスの使者か。やはり貴様、禁忌の深淵と縁を持っていたのか!」

「えっ?」

「無知がどれほど罪深いかを知れ!」

「ごめんなさい……」

 言い訳はしたいところだけど、謝っておく。

 確かに状況によって知りませんでしたで済まされないこともあるかも知れない。そういう意味では罪深いかもだ。

 けどそこまで何か、悪いものなのだろうか。

「んで、何なんだ、それ?」

「禁忌の深淵とはこの世ならざる次元を言うのだ。魔導士の研究テーマにも取り上げられる。そこには神や、それに類する思考存在がいるとされ、精霊の古里と主張する説もあった。しかし観測方法がないため、結局は人知の及ばぬものだ。古くより、ごく限られた人間が交信したとも言われていたが、それが狂人の戯言か、虚妄かの判別などはつけられん。その上で伝承として、禁忌の深淵では望みが叶うとも言われ、この世界を見守る存在がいるとも言われている。それが禁忌の深淵の使者だ。だが同時に禁忌の深淵に触れたものはこの世ならざる者であるとも言われる」

「この世ならざる者?」

「死人だってか? こいつはちんちくりんだが、死んでるわけじゃねえぞ?」

「ねえ、そこちんちくりんっている? いるかな?」

「下らんことで話の腰を折るな」

 絶対にサルヴァスさんもちんちくりん呼ばわりされたら怒り心頭なはずなのに。指摘したい気持ちもあったけど、さらに話が飛び散らかりそうだったからやめとく。

「エル、貴様、禁忌の深淵で何を望んだ」

「……いえ、特には」

「……何?」

 蔑視するような目で尋ねられたけど、正直に答える。

「嘘をつけ、何か願っただろう。でなければ、何のために禁忌の深淵へ赴いた!」

「何のためというか、気がついたらそこにいて……お願いをされて、援助するねって言われたみたいな……」

「お願い?」

「正しくない滅びを迎えそうだから、どうにかしてね……みたいな。それで無限の魔力をあげるみたいなことを……」

 正直にちゃんと言ったのに、サルヴァスさんは絶句する。

 その肩をぽんとギルが叩いた。慰めるのだろうかと意外に思っていたら、ぷぷぷとギルは小馬鹿にした笑いをして見せる。

「ぎゃははっ、てめえの考えが全て正しいはずねえのに決めつけすぎなんだっての!」

 ぷげらとはこのことだろう。ほんとギルって、ギル。

 顔を真っ赤にしてサルヴァスさんがギルの手を振り払う。

「エルがそんなこと言われたらしいってんで、色々と俺らは旅して回ってたんだよ。何かと邪魔も多く入っちまってるがな。そんで、このアルビオンを調べてたっつうべっぴんの学者の姉ちゃんがいたんで訪ねたら、てめえを起こしたことになったんだ。こうなりゃ、てめえも手ぇ貸しやがれ。こんなとこに引きこもったとこで、てめえの大好きな研究なんざできやしねえだろ」

「ギルバート、今日こそお前をぎゃふんと言わせてや――」

「るっせえ」

 またサルヴァスさんが鼻にギルの掌底を押し込まれて悶絶した。


「この僕が同行してやるのを有難く思え! ギルバート、貴様は気に食わんが、エルには見どころもある。ついでだというのを忘れるな!」

「へいへい、そーですか」

「どうぞよろしくお願いします……」

 そうしてサルヴァスさんが同行することになってしまった。

 プライドに比例して背は低めの、インテリでお口の悪い赤級魔導士サルヴァスさん。彼の手記を持ってる身として、持っていますと打ち明けるべきなのだろうかというのがしばらく悩みの種になりそうだった。

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奴隷少年、転生に気づいてしまった。 田中一義 @kazuyoshi_t

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