サチの花
そら
サチの花
マチとサチは双子の姉妹です。
本当にうり二つで、お友達だけでなく、お母さんやお父さんでさえ、時々まちがえてしまうほどでした。よく見ると、マチの瞳の奥はこい茶色でしたが、サチの瞳の奥の色は日によって変わっていました。夕日のようなだいだい色のこともあれば、曇り空のような灰色のこともありました。けれど、そのことを気づいているのは、いつもとなりにいるマチだけでした。そして、幼いマチは、それが他の人とちがうことだとは知らなかったのです。
そっくりな二人でしたが、ただ一人、ぜったいに見まちがえない人がいました。二人が大すきなおばあちゃんです。
「マチはお天道さんのような子だねぇ」
ときどき、おばあちゃんはそう言って、右手でマチの頭をなでます。
「サチはお月さんのような子だねぇ」
左手では、同じようにサチの頭をなでるのでした。そんなときは、頭のてっぺんから何かくすぐったいものが降ってくるような気持になって、マチはいつもふふふっと笑ってしまいます。ちらっと横を見ると、サチも同じように、ふふふっと笑っているのでした。
「だれかがそばにいてくれるっていうのは、いいものだよ。困ったときには、お天道さんとお月さんで、なかよく、しっかり手をつないでおいで。そうしたら、まぶしくて、こわいものはみんな、にげて行くからね」
「手をつなぐの?」
「こうやって?」
マチとサチは、ぎゅっと手をつないで見せました。おばあちゃんは大きくうなずいて、それから、マチだけにそっと伝えるのです。
「いいかい? お月さんは夜に生きるんだ。だから、夜はお月さんを呼ぶんだよ。マチ、おまえはサチがそういうものに引っ張られないように、しっかり手をつないでいるんだよ」
そう話すおばあちゃんは、なんだかいつもとちがって、少しこわくて、マチは一生けん命にうなずくのでした。
マチとサチは遊ぶときも、いつも二人いっしょでした。最近のお気に入りは、探検ごっこでした。始めのうちは家の周りだけでしたが、それでは物足りなくなってきて、今では神社のうら山まで足をのばしていました。
でも、これは大人にはないしょの話です。なぜって、うら山は子どもだけで遊んではいけないと、ここいらの子ども達はみんな言い聞かされている場所なのです。
一度やってしまうと、だんだんとこわさもなくなってくるもので、マチとサチはこの日もうら山の近くで遊んでいました。
「見て、サチ。シロツメクサのかんむりよ」
マチはそっと、サチの頭にできたばかりのかんむりをのせます。大きい花を選んで作ったつもりでしたが、よく見ると、大きい花もあれば小さい花もありました。そのうえ、花が内側を向いているところもあり、かんむりはサチの頭の上でちょっと傾げています。
「それじゃあ、マチには首飾りをあげるわ」
サチがにっこり笑って、首飾りを差し出します。白い花の粒がきれいにそろった首飾りでした。
「これは真珠の首飾りよ」
サチがそう言うと、マチは口をとがらせます。
「あら、じゃあ、それだって真珠のかんむりよ」
サチがくすくすと笑うので、マチは頬をふくらませて、もっと大きいのを作ろうと辺りを見回しました。けれど、きれいに真ん丸なシロツメクサはあまり見当たりません。
「ねぇ、サチ。あっちの方へ行ってみない?」
林の奥を指さすと、サチは少し考えて、小さくうなずきました。
「行ってみる。シロツメクサがたくさんあるかもしれない」
ふたりは手をつないで、木々の間をかけぬけます。足元で細い葉が舞い散り、ふんわり草の匂いがしました。
林の向こうは原っぱになっていました。腰のあたりまである背高のっぽの草が、ぼうぼうと生えていて、まるで緑色の海が、ざざざっと波打っているようなのでした。
「きつねがいるかもしれないよ」
「たぬきもいるかもしれないね」
ふたりはそう言って笑って、野原の草をかき分けます。かくれんぼです。マチもサチも鬼をやります。なにがかくれているかは、いつもわかりません。虫だったときもあれば、四つ葉のクローバーだったときもありました。
「みーつけた」
「なにをみーつけた?」
そう言って、ふたりは見つけた物を見せ合いっこします。ふたりが見つけたのは、ぷっくり丸いシロツメクサの花でした。ふたりは目を合わせて、ふふっと笑います。それから、また、かんむりと首飾りを作り始めました。
もう少しでマチのかんむりが出来上がるというときでした。大きな雲がお日様を隠し、あたりが薄暗くなりました。冷たい風がザザザッと原っぱをかけぬけ、緑色の海が大きく波打ちました。
「うひゃぁっ」
ふたりは思わず目をつぶって、それから、そぅっと開きました。すると、目の前には、緑色の原っぱではなく、真っ白な美しい花が咲き乱れ、白いじゅうたんを広げたかのような景色が広がっていたのです。それはもう、美しい花畑で、白い花びらが、風にのってキラキラと流れているのでした。この世のものとは思えないような美しさに、マチはぞっとしました。
「サチ!」
マチは大声でさけぶと、いちもくさんにかけだしました。ぼぅっと立ちつくすサチの手をとり、白い海の中をかけぬけます。
早く! 早く!
後ろもふりむかずに、マチはサチの手をぎゅっとにぎって、いっしょうけんめいに走りました。花びらが、ほこりのように、舞い上がります。
やっと、野原の出口に来たときです。
「あっ」
サチの空いている方の手が、ぐぃっと後ろに引っぱられました。マチがおどろいて、ふり返ると、顔を真っ青にしたサチが目に入りました。その髪の毛に、花びらが一枚、ふわりとついていたのも見えました。
「ああ」
サチは、ものすごい力で引っぱられ、とうとう、ふたりの手は、はなれてしまいました。
サチは、たおれるように花畑のなかに、すいこまれていきました。ふたりの目には、大きな真ん丸の涙があふれています。
「サチ!」
「マチ!」
ザザザッ、と風がふき、マチは顔を手でおおいました。おそるおそる顔をあげると、そこにはもう花畑はなく、緑色の草の海が広がっているだけなのでした。
泣きながら、マチは、ひとりぼっちで家に帰りました。それから、すぐ、庭で洗たく物を干しているお母さんのところへ行きました。
「お母さん! サチが、サチがいなくなってしまったの」
お母さんはおどろいてたずねます。
「どういうことなの? マチったら、サチをおいてきてしまったの?」
マチは首を横にふります。あんまり泣いているものですから、うまく話せないのです。すると、お母さんがにっこり笑いだしました。
「やだわ、マチったら。本当にサチのことをおいて来てしまったのね。ほうら、後ろをごらんなさい。サチが来たわよ」
マチが急いでふり向くと、そこにはサチがにこにこ笑って立っていました。けれども、マチはすぐに気がつきました。それは、サチの姿をしているけれど、中身はサチではなかったのです。
「手をはなしてしまったんだね」
おばあさんはサチを見るなり、マチの手をにぎって、小さな声で悲しそうにつぶやきました。
「おばあさんにもわかるのね? あれは、サチではないわ。サチはどこに行ってしまったの?」
マチは泣きながら言いました。けれども、おばあさんは首をふるばかりです。
「サチは、連れて行かれてしまったの? でも、帰って来られるんでしょう? そうなんでしょう?」
「人が、あっちの世界から、こっちの世界に来ることはできないんだ。あれは、サチのぬけがらだよ。人は中身がなければ、生きていられない。サチのぬけがらも、そう長くは生きられないかもしれない」
そう言って、おばあさんは低くうなり声をあげました。空っぽのサチは、遠くでお母さんと話しながら、にこにこ笑っていました。
それから、しばらくして、サチは流行り病にかかって死んでしまいました。病の間も、サチはずっと、にこにこと笑っていました。
マチは、あれから毎日、あの原っぱに通っています。毎日、たったひとりで、裏山の緑色の海に行きます。けれども、もう、かくれんぼはしません。かんむりも作りません。ただ、原っぱの真ん中で、手をいっぱいにのばしています。手をいっぱいにのばして、待っているのです。もう一度、サチがこの手をつかんでくれるのを。そうしたら、もう絶対に、マチはサチの手をはなしたりしません。だから、マチはいつまでも、サチが手をにぎり返してくれるのを待っているのです。
サチの花 そら @hoshizora_cat
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