鴨川でサヨウナラ
サンタ
丸太町橋
深夜二時の橋の上は、ひんやりと涼しさを感じる。
2年付き合ったサキは、最近心が不安定で何かにつけて私にその矛先を向ける。そのやり取りに疲れた。
出町柳の線路沿で自転車を引きながらアパートに帰る途中も、他愛ないことで口喧嘩したばかりだった。
無言で歩きながら、またこのままアパートの部屋に戻り、散らかった一室で二人の時間を過ごすことに嫌気がさす。
終わりにしよう
何度も押し込んできたその言葉は、
息を吐く様に、自然と口からついて出た。
無意識に出た言葉に自分でも少し驚きながらも後悔はなかった。このままでは、2人とも壊れてしまう。
一瞬驚いたんだ表情を見せた後は、
想像通りだった。
なんでそんなこと言うのよ!
私のことなんて死ねば良いと思ってるんでしょ!
他に好きなひとでもいるの!?
ねえ!なんとか言いなさいよ!
分かっている。サキを激昂させるには最適な言葉だ。
もう死ぬ!
死ぬから私!
私の言葉を待たずに、走り出した。
線路脇の線路沿いにまっすぐ駆け出し、
しばらくして右にふと消えた。
まさかと思うのと同時に、私も自転車を放り出し走っていた。先日は、マンションの屋上だったな……と冷静な自分がいながらも今はサキが線路に入ったことが気掛かりだ。
私もすぐに、踏切に入り左右を見渡すと、左に真っ直ぐに平行して走る線路の真ん中を猛然と走っている彼女の姿が見えた。
ラーメン屋を出たのが20時を回った頃だったのを思い出し寒気がする。
私も平行する線路の間を必死に走る。
危ないから!止まれ!
止まるはずもなく、追いつくしか無い。
線路なんか走ったことがない。しかも全速力で。砂利と言うよりも、少し大きめな石と木板の上を、捻挫をしないように集中しながら走る。
疲れたのかペースが緩んできたところで、ようやく追いつき右腕を掴むことができた。走ったことで怒りが発散できたせいか目は虚ろだった。
分かれるって言うからーー。
返答の仕様がない。
返す言葉を迷っていると、突然キスをされた。
まさか、自分がこんな安いドラマの様な一場面の主人公になるとは、これっぽっちも想像していなかった。
静まりかえった橋の上から眺める鴨川は、昼間の優美な反射と打って変わり、外灯の光を薄っすら反射させて、透き通った実家の夜空の様に輝いていた。川か川辺や遊歩道かを判断するのは煌めきだけで後は、真っ暗で妖艶な雰囲気を感じる。
右手の薬指につけていた指輪は、2年前にサキと付き合った時に、買ったものだ。初めて右手の薬指に指輪を付けた時は、ときめいた。これまで外したことがなかった。その指輪をグリグリと外し、左の掌の上に乗せ転がしてみる。
ビスコッティ焼けたよ。
決して広くないワンルームマンションのキッチンで、器用にイタリアのお菓子をよく作っていた。硬い焼き菓子と紅茶を小さい丸テーブルに乗せ、向かい合って食べた。あの時のサキの笑顔が、忘れられない。
どうして、未練がましくその顔が浮かぶのか。
意を決した気持ちが揺らぐ。
指で転がしていた指輪を、右手で強く握る。
鴨川の煌めきが微かに滲む。
思いっきり腕を振りかぶり、体全体で投げた。
出来るだけ遠くに、そして一番深いであろう川の中心を目掛けて。
大人にしてくれた彼女に、さようなら。
鴨川でサヨウナラ サンタ @siraf
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