記念コイン
浅雪 ささめ
記念コイン
チクタクと規則的な音を鳴らすアナログ時計の針は、「V」よりは、どちらかと言えば「L」という感じで、少し開いた形をしていた。
もう一度眠りにつこうと開けっ放しのカーテンを閉め、頭まで布団を被り直したが、なかなか眠れなかった。
こんな時間でも、コンビニなら開いているだろうと玄関に行き、冷え切った靴を履く。布団のぬくもりは足下から徐々になくなっていく。少し厚めのコートを羽織り、歩いてコンビニまで向かおうと決めた。
玄関のドアを開ける頃には、温もりなど既になかった。
勿論こんな夜更けに人なんて歩いていない。車の音も聞こえない。ただ明江の足音だけが家々の塀にこだまする。
家から出て少したった時、お金を持ってきたっけなと夜空に白い息を吐き、ズボンのポケットを探る。
堅いものに手があたり取り出すと、残念なことに出てきたのはお金ではなかった。明江が昔、一度だけ彼氏と行ったどこかのテーマパークの記念コイン。当時の事をもう鮮明には思い描くことはできない。明江にはもう相手の顔さえおぼろげになっていた。これが無ければ思い出すこともなかった記憶。
懐かしささえこみ上げてこない。捨てていないのには理由があったのかもしれないが、今はもう持っている意味もない。
帰ったらゴミ箱に投げ捨てようと決めた。
なぜこんなものがポケットに入っていたのだろう。
足下を照らすだけの街灯に反射するそれに、当時の輝きは全く見えなかった。買った頃はピカピカに光ってまぶしかったはずだつたが、既に錆の茶色に覆われてしまっていた。彫られたキャラクターすら見えなくなるほどに。
金がなければ何も買えない。明江は財布をとりに家に戻ろうと
もともと寝る前の気分転換できただけなのだ。別に何も買えなくてもいい。
丁字路の角にコンビニの明かりを見つけると、自動ドアに誘われるままに店内へと入っていく。店内のまぶしさに少し目を細めた。
いらっしゃいませ。あくびをかみ殺したようなモサモサ頭の店員の声を聞きながら、特にあてもなく店内をうろつく。ほかに客は数人程度。会社帰りと思われる男がいただけだった。
暖房はしっかりと効いているが、おもむろにコートのポケットに手を突っ込む。すると記念コインとは別の何か硬いものが手に当たった。
それを手のひらに入れ、ポケットから出すと、そこには五百円玉があった。いつ入れたものだろうか。
店内の照明に反射するそれはとても輝いていた。
やったね。明江は、そうほくそ笑んで鮭のおにぎりと缶コーヒーを手に取った。外は寒いからと温かい方を選ぶ。そのまま浮き足でレジへと向かった。レジ横の唐揚げも気になったが、結局買うことは無かった。
「284円です」
おつりを受け取り、コートのポケットにレシートごとつっ込んで店を後にした。ありがとうございました、という店員の声はもう聞こえていない。
暖かさとの境界線を越えると、明江は、はあ、と一つ白い息をついた。家の暖房をつけてくるべきだっただろうか。
モサモサ頭のレジの彼は、明江と会ったことがあった。コンビニへの往路でズボンに入っていた、あの記念コインを一緒に買ったのが彼だった。そんなこと明江も、もちろんレジの彼も気づいてなどいない。それに彼はもうそのコインは持っていない。
明江は寒さを紛らわすように鼻歌を歌いながら家に向かう。もうすぐクリスマスだ。レジの彼は違う女性と一夜を共にし、明江は友達と呑む予定がある。
玄関を開け、部屋の明かりをもつけずにテーブルにガサと、袋を置きその場に座る。
明江は冷たい缶コーヒーを啜った。
記念コイン 浅雪 ささめ @knife
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