第124話

「……そうか、危ないところを助けられたようだ。深く感謝する。同時に、ただの平民と侮ったことを謝罪させていただこう」


 ラヴィが俺へと頭を下げた。


「事情を説明してもらっていいか」


 ドライもラヴィから確認しろと口にしていた。

 少なくともドライは、俺が聞いても問題ないと判断している様子であった。


「ララベルは私の本名……ノーディン王国では王女であった。父の弟マルカスが帝国に唆され、後先を考えないクーデターを起こし、父を排して王座についた。アディア王国のある権力者が、私の亡命を受け入れて匿ってくださったのだ。いずれ私を用いて、マルカスの暴走を止めるためにだ」


 他国の政治事情に下手に踏み込めば、百年以上に渡る禍根を残すことになる。

 だが、形式だけでも表に立っているのがその国の正当性のある後継者であれば、その意味合いは大きく変わる。

 

 カイザレス帝国が王弟マルカスを唆してノーディン王国をコントロールしようとしているのに対して、我がアディア王国もまた王女ララベルを用いてマルカスを止めようとしている、ということだ。


 貴族の子息・息女の多いレーダンテ騎士学院であれば、守りも堅牢である。

 また、ノーディン王国から追われた立場であるララベルとしても、同盟国であるアディア王国の貴族と繋がりを築くことの意味は大きい。

 アディア王国としても、いずれノーディン王国の女王となるかもしれないララベルと自国の貴族の繋がりを強めることは悪いことではない。

 そうした背景で、今は名を伏せて、正体の露呈を抑えるために性別さえ偽り、ラクリア男爵家の長子としてレーダンテ騎士学院へと入学することになったようだ。


「〈Bクラス〉には私の元侍女や、事情を知っている貴族家の者もいる」


 ならば当然フィーアもこのことをネティア枢機卿から聞かされていたはずだ。

 ……どうやらフィーアは、全てを聞かされていた上でララベル元王女に特級魔術ランク5を叩き込み、自身を〈Bクラス〉に配属したフェルゼン学院長へと詰め寄っていたらしい。

 俺は頭を抱えた。


「お、王女様だったんですか……?」


 ルルリアが目を丸くしてラヴィへと尋ねる。


「今の私はラクリア男爵家の長子ラヴィだ。それにアディア王国には大恩のある身でもある。必要以上に畏まらないでくれ」


「身体も細いし、軽い剣だとは思ってたが、本当に女だったのかよ」


 ギランが呆れたように口にする。


「アディア王国に恩義を感じてんなら、そこの貴族に説教垂れてくれるんじゃねぇよ」


「……返す言葉もない。私はマルカスを討って父様の復讐を果たし、ノーディン王国を取り戻すために己の全てを投じる覚悟を決めたつもりだった。だが、そこを突かれた形になり、ついムキになってしまっていた。本当に失礼なことをしたと、重ねて謝罪させていただこう」


「チッ、そこで大人しく引き下がられると、俺が嫌な奴みたいじゃねぇか」


 ギランが気まずげに頭を掻いた。


「……ただ一言許されるのであれば、ギルフォード男爵家の大貴族への反発は、流石にもう少し控えた方がいい。確かに貴族の中には、腹黒く、狡猾な者も少なくない。彼らに対して強気な態度を見せるのも時としては必要なことだ。しかし、だからといって無暗に敵対していれば、政治的な制裁は免れない。ギルフォード家がそれを良しとしていても、一番の被害を被るのはギルフォード家の領有する地の民だ。迎合して弱い者苛めを行えと言っているわけではない。ただ、何のための誇りなのかを見つめ直した方がいいという話だ。己一人を守るためだけの誇りであれば、それは卑しいことだとは思わないか? 私はあのときも、キミにそれを伝えたかった」


「さも引き下がったかのような空気を出しておいて、滅茶苦茶返す言葉を持ってるじゃねぇか! テメェ、どうしても喧嘩を売りてぇなら、その傷が癒えた後にあのときの続きをやってやってもいいんだぜ!」


 ギランがラヴィへと牙を剥いた。

 

「お、落ち着いてくださいまし、ギラン! 言っていることはそこまで間違いではありませんわ!」


 ヘレーナが慌ててギランの腕を抱いて、彼を止めた。

 それからヘレーナはラヴィの顔を見て、さぁっと顔を蒼褪めさせた。


「あら……ラヴィがそうってことは、あのとき……」


「あァ、なんだヘレーナ?」


 ギランがヘレーナを睨み付ける。


「ギラン……他国の王女に対して、全校生徒の前で裸で土下座するように要求してたってことですの……? 下手したらそれだけでもう戦争案件ですってよ」


 それを聞いたギランも顔を蒼褪めさせた。


 そういえばそんな話があった。

 激怒したラヴィがギランへ決闘を申し込んだとき、ギランは自身の勝利の暁には全校生徒の前で裸で土下座して詫びてもらう、と口にしたのだ。

 あのとき、激昂していたラヴィが一気に黙ったのも当然である。


「……す、過ぎたことだ。それにあのときは私も、熱くなってしまい本当にすまなかった」


 ラヴィは顔を赤らめ、気まずげに咳払いをした。

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王国の最終兵器、劣等生として騎士学院へ 猫子 @necoco0531

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