第123話

「一応ボクは他の場所の様子を見てくるよ。あの子達が敗れることより、余計な問題を起こしていないかの方がずっと不安なわけだけれども。捜索に限ってはキミよりボクの方が遥かに得意なわけだし、いざというときの措置ができるのもボクだけだからね」


 ドライが俺へとそう口にする。


 いざというときの措置……というのは記憶の改竄だ。

 ドライの有する魔術の中には、他者の精神や記憶に介入する類のものまである。


「……あの魔術を使うつもりなのか?」


 いうまでもないが、〈幻龍騎士〉のことは公にできる話ではない。

 そしてそれは禁忌の錬金術師団〈逆さ黄金律〉についても同様である。

 おまけに今回の連中の動向は、隣国ノーディン王国が関与していた疑いが強い。


 この件が公になれば、何故一学院が〈逆さ黄金律〉の襲撃を受け、そして何故それに対抗することができたのかという話に繋がる。

 大陸協定で禁じている技術を用いた攻撃と防衛が行われていたと公になれば、アディア王国を揺るがす問題へと発展しかねない。


 今回の事件が公然の事実となることは避けなければならない。


「もしも必要があればね。ボクだってあまり使いたくはない。細かい調整が利くような、便利なものではないからね。自国の貴族に余計なことをすれば、露呈した際に面倒を負うのはあの御方だ。王家や教会の中にだってあの御方を疎んでいる人間もいるし、そうしたリスクは抱えたくはない。だから、彼らへの説明と口止めもキミに任せるよ。随分と信用されているようだしね」


 ドライはそこまで言うと、ルルリア達をちらりと一瞥した。

 ルルリア達は、少し不安げに俺達の様子を見守っていた。

 ギランに至っては、ドライが本当に味方なのか掴みかねているらしく、怪訝げな視線を彼女へとぶつけていた。


「それを聞いてほっとした。彼女達ならば信頼はできるから安心して欲しい」


「……信頼、ね」


 ドライが微かに目を細めた。


「どうした?」


「いや……キミが学院で新たな価値観を得るのはあの御方の意向だから問題はないのだろうけれど、どちらが本分なのかは忘れないようにしておくべきだ。教会と王家と学院が常に同じ側の陣営であるとは限らないからね」


「なっ……」


 俺は自分の顔が強張るのを感じた。


「フフ、あまりにアインが彼らと仲良さげな様子だったから、つい嫉妬して意地悪を口にしたくなったのさ。なに、気にしないでおくれ」


 珍しくドライは口許を綻ばせ、笑みを浮かべてみせた。


 ドライから見て、俺があまりに気が緩んでいるように見えたのかもしれない。

 ドライの言ったような想定はしたくないが、俺は本分は忘れてはいないつもりだ。


「……ノーディン王国はどうにも暴走気味なようだ。ノーディンの王は、国の安寧よりも、自分の権力を守ることを先に置いている。そのためにはなんだってやってみせるだろう。今のままだと、アディア王国もいずれそこへ巻き込まれることになる」


 ドライはそう言うと、ギランが介抱している生徒……ラヴィの方を指差した。


「ノーディンの現王は、帝国の力を借りて強引に革命を行って前王を葬って今の地位を得た人物だ。前王の子である、あの子の身を狙っている」


「ノーディンの前王の子息……」


 〈逆さ黄金律〉がラヴィを狙っていた時点で、彼は上級貴族の隠し子ではないかと疑っていたが、想定していたよりも遥かに大物が出てきた。

 フィーアが〈Bクラス〉編入になった理由にも合点が行った。

 ネティア枢機卿よりラヴィを守る任務を受けていたのだろう。


「な、なんだか、途方もない話をされていますわね。それ、私達が聞いていて大丈夫なのかしら?」


 ヘレーナが引き攣った顔でドライの方を見ていた。

 ドライはヘレーナの方には視線を返さない。

 問題ないと捉えているのか、或いはノーディンの現王が手段を選ばず行動に出てくると想定しているため、学院内にこのことを知っている生徒が多少はいた方が都合がいいと考えているのかもしれない。


「まさか〈逆さ黄金律〉を嗾けてくるなんてね。本当に自分の権力を守ることしか頭にないようだ。アイン、キミも今後の学院生活では、ララベル元王女には気を配っておいておくれ」


「ああ、わかっ……」


 そこまで言って、俺はドライの言葉が引っ掛かり、口を閉ざした。

 ララベル元王女……?


「待ってくれ、ドライ。それは誰のことを……」


「う、うう……ここは……奴らは……?」


 そのとき、話の渦中の人物であるラヴィが、額を押さえながら上体を起こした。


「目を覚ましたようだね。詳しいことは本人にでも聞いておくれ。それではボクは行くよ。また近い内に会えることを祈っているよ。キミにもフィーアにも卒業まで会えないというのはさすがに寂しいからね」


 ドライが指を立てるとその先に光が灯り、彼女を中心に魔法陣が展開される。

 そうして光に包まれ、ドライの姿が見えなくなった。

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