第122話 side:カプリス
「味方のようですから心強いですけれど、真っ当じゃない……」
シーケルはツヴァイの背を見て、呆然とそう零した。
ツヴァイの戦い方は、人間というよりはもはや人型兵器であった。
その気になれば、単騎で地下迷宮を崩落できたとしても何ら不思議ではない。
ツヴァイが双剣を腰の鞘へと戻す。
彼女が身体に纏っていた、〈剛魔〉によって生じていた黒鬼のオーラが薄れて消えていく。
「おい、そこの二人」
それからツヴァイは、シーケルとカプリスの方を振り返った。
目が合ったシーケルは息を呑んだ。
人間に睨まれているという気がしない。
対峙している彼女は、その気になれば自分とカプリスを次の瞬間に殺すことも容易なのだ。
「そっちの男は王族だな。言わなくても事情はわかってるだろうが、余計なことは喋るんじゃねぇぞ。この場で何が起こったのかは、オレの母様が決めることだ。言ってる意味はわかんな?」
「カ、カプリス様の身を助けていただいたことには、深く感謝しております。しかし……王族と知ってその言い方は、カプリス様にさすがに不敬と……」
「構わぬ、シーケル」
床に倒れたままのカプリスが、言葉でシーケルを止める。
「元より……王家と魔女の力関係は、一言で言い表せるようなものではない。余とて詳しくは聞かされておらんがな」
「カプリス様……」
「クク……しかし、なるほど……〈幻龍騎士〉……ともすれば、アインは……なるほど、そうか、そういうことであったか。奴はあまりに異質であるとは思っていたのだ」
瀕死の重傷であるはずのカプリスが、シーケルの膝の上で、肩を震わせて笑った。
「カプリス様……?」
「〈幻龍騎士〉……所詮はただ、教会権威者直属の暗殺部隊の話に、くだらん尾鰭が付いただけだと思っていた。しかし、まさか噂以上の存在であるとは……! 小手先の技に頼らず、圧倒的な力のみで他者を圧倒する……それこそ、余の求めた武の極致! 剣の神と称しても、何ら名前負けすることはないであろう!」
カプリスはシーケルを押し退け、強引に立ち上がった。
身体からは夥しい量の血が流れていたが、その瞳は生気に満ちていた。
「ちょ、ちょっと、あの、カプリス様、本当に何をなさるおつもりですか!」
シーケルがカプリスの腕に抱き着いて止めようとしたが、カプリスは腕を振るって払い除ける。
「力強い!? 今さっきまで瀕死でしたのに!」
「余は武の極致に触れたいのだ! かような機会、今を逃せば次があるとは到底思えぬ! 強者との戦いは、井戸に住まう
カプリスはツヴァイへと剣を構えた。
「ゆくぞ、幻の龍……影の騎士よ! 剣を抜き、余と死合え! その深淵を覗いてみたいのだ!」
「なんだテメェ、さっきから何言って……」
カプリスが地面を蹴り、ツヴァイへと勢いよく飛び掛かっていく。
カプリスが剣を振るうより早く、ツヴァイは距離を詰めて、至近距離から彼の腹部へと拳を叩き込んだ。
「ごぶがっ!」
骨を砕く鈍い音が響いた。
カプリスは遠く離れた壁際まで飛んでいき、盛大に背を打ち付けることになった。
「カプリス様ぁっ!」
シーケルが顔を真っ青にして叫ぶ。
「あん、敵の方だったのか? なんか間違えたか? オレは空気読むのと、人の面覚えるのは苦手なんだよ」
ツヴァイは面倒臭そうに言い、鞘の剣を抜いて構えた。
完全にカプリスにトドメを刺すつもりのようであった。
「ちっ、違います! 違うんです! アディア王国の第三王子で合っています!」
シーケルが慌てて、カプリスとツヴァイの間へと遮るように入った。
「馬鹿なこと言うんじゃねぇぞ。どこの国に恩人相手に突然斬り掛かる第三王子がいるんだ。オレのことを馬鹿だと思っていやがるな? そんな見え見えの嘘に誰が引っ掛かるよ」
「すっ、すみません! 本当にすみません! カプリス様……その、ちょっとヘンなんです!」
「意味がわかんねぇよ。死に掛けの王子を助けたら、突然襲撃してきたからぶん殴って黙らせたなんて、母様にどう説明しろっつうんだテメェ! オレが言い訳したみたいになるだろうが! 最近王家と教会の関係が繊細だから、王家には余計なことすんなって散々言われてたのによ!」
「すみません! 本当にすみません!」
シーケルが必死にツヴァイへと頭を下げて謝罪をしている中、血塗れで仰向けに転がっているカプリスは、幸せそうな表情を浮かべていた。
「ク、ククク……見えたぞ……剣の神の領域……その、片鱗が……!」
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