第121話 side:カプリス

 赤毛の少女……〈幻龍騎士〉の一人ツヴァイは、アトラクへと双剣の刃を向ける。


「黒い騎士服……ネティアの玩具か。なるほど、ドルガ様の推測は当たっていたわけだ。貴様らが〈知識欲のウィザ〉を殺したのだな」


 アトラクが六本の剣を構える。


「しかし、そのような矮小な体躯でこの俺様を相手取れると? 敵として挑んでくる以上、俺様は女子供であろうと加減はせんぞ」


「いいじゃねぇか、それなりに戦えそうな相手で。久々に身体の調子が戻ってきたところだから、こういう威勢のいい相手が欲しかったところだ」


 ツヴァイは両手の剣を振り上げると、一気にアトラクへと駆けていく。


「速さは大したものだが……動きがあまりにお粗末すぎる。俺様の編み出した、六道剣術を見せてやろう」


 アトラクがゆらりと、六本の剣の構えを変える。


 アトラクは剣の達人であり、剣に対して悍ましい執念を抱いていた。

 彼は自身の殺した優れた剣士よりその肉体の一部を奪って取り込み我が物とすることで、剣士として完成された肉体を得ようとしていた。

 今の継ぎ接ぎした六本腕の姿は、その成れの果てである。

 殺して肉体を奪った剣士の数だけでも数百人にも及ぶ。


 アトラクは、対峙した剣士の動きや構えを見れば、それだけで相手の力量と戦い方が概ね透けて見える。


 アトラクの目から見て、ツヴァイの剣はあまりに洗練されていない、稚拙なものであった。

 確かに速さという点では驚かされるものがあったが、動きに理が伴っていない。


 アトラクは既に、ツヴァイが〈魔循〉による爆発的な身体能力頼みの戦い方しかできないことを見抜いていた。

 ただ力任せの剣は、技を前にしたときにあまりにも脆い。

 剣術を磨いてきたアトラクにとって、そうした面ではツヴァイはかなり戦いやすい部類の相手であった。


「受けてみよ……俺様の剣技〈阿修羅落とし〉!」


 アトラクはツヴァイの剣の軌道を読み、六本の腕を配置し、構えを取る。

 己の剣で敵の剣を搦め取り、地面へと落として無力化する狙いであった。

 剣を無力化できれば、手数であれば圧倒的にアトラクが勝っている。

 後は無防備になったツヴァイの身体を斬るだけである。


 そしてツヴァイの剣は、アトラクの読み通りの位置へと叩き込まれてきた。

 後はアトラクが構えた剣で搦め取り、敵の剣を誘導するだけのはずであった。


 だが、そうはならなかった。

 明らかに技の理はアトラクの方にあったはずだというのに、アトラクの剣は尽くツヴァイの刃に跳ね除けられていく。

 威力を受け流し、方向を誘導するために巧妙に配置されたアトラクの刃の数々が、ツヴァイのただ力任せの一撃に弾き飛ばされていく。


「ぐうっ……!」


 ツヴァイの重い一撃に、アトラクは大きく姿勢を崩す。

 そして彼が十全に体勢を立て直すより早く、ツヴァイがもう一本の剣をアトラクの胸部へと振るっていた


「おら、どうしたぶった斬んぞ!」


「ぐぅっ……!」


 アトラクの身体より赤い蒸気が昇る。

 膂力を引き上げる魔技……〈剛魔〉である。

 アトラクは四本の剣を束ね、ツヴァイの一撃を受けた。


「守護の構え……〈鬼神傍牌きしんぼうれい〉!」


 アトラクの身体が弾かれ、背後へと吹き飛ばされる

 アトラクは数メートル離れたところで膝を突いた。


「はぁ、はぁ、なるほど、技には欠けるが、確かにネティアの玩具らしい。盾の絶技を使ってなお、完全には衝撃を殺し切れんかったか。ただの一打を防ぐのに、これほど消耗させられるとは……」


 アトラクはそう口にしながらゆらりと立ち上がる。


「だが……貴様の底は見えた。動きはわかった……もう正面から受けるような真似は決してしない。我が六道剣術の全てを持って、貴様の剣を全て捌いて……!」


「参ったなお前……その虫みたいな身体以外、取り柄がないのかよ。諦めろ、剣だけで挑むつもりなら、オレには絶対勝てねぇよ」


 ツヴァイはアトラクの言葉を鼻で笑った。


「なんだと?」


 アトラクが殺気立った様子でツヴァイを睨む。


「長引かせるのも可哀想だから、一瞬で終わらせてやるぜ」


 アトラクが地面を踏み締める。


「行くぜ……〈剛魔〉!」


 ツヴァイの全身から黒い蒸気が昇る。

 彼女の両腕を黒い光が包み込み、その光の奥では、彼女の腕の筋肉が震え、膨張していた。


「ただの〈剛魔〉が、これほど悍ましい気を放つとは……。しかし、力任せの剣では限界があることを教えてやろう。俺様の編み出した、返し技の奥義を見せてくれるわ」


 アトラクが六本を剣を、円を描くように構えた。


「絶技〈六道宝鏡りくどうほうきょう〉……。どこから如何なる斬撃が来ようとも、我が刃の円陣に捉えて、貴様自身へと受け流す。斬り掛かってこい。自身の力に呑まれて、朽ち果てるが……」


 アトラクはそこまで言って、言葉を途切れさせた。

 目前のツヴァイの纏う〈剛魔〉のマナの光は、どんどんとその輝きを増していた。

 彼女から漏れ出た光が、背後に朧気に像を結ぶ。

 それは巨大な悪鬼のようにも見えた。

 或いはその威圧感が、ただ崩れた光の靄を化け物の類に見せているのか。


「本当に……これがただの〈剛魔〉なのか……? 俺様は、何と戦っている……?」


 アトラクが半歩退いた、その刹那であった。


「ガァァァアッ!」


 ツヴァイは咆哮と共に、アトラクへと斬り掛かった。

 彼女が前に進むために蹴った地面が、その衝撃に耐えかねて砕け、地鳴りが響く。

 

 ツヴァイの放つ大振りの一撃が、アトラクの刃を、そしてそれを構える彼の多腕を斬った。

 切断された剣と腕の断片が宙を舞った。


「が、あぁぁっ! 人間じゃ……ない……! 鬼……いや、鬼神!」


 アトラクは必死に背後へと逃れようとする。


「グゥオオオッ!」


 だが、逃走を許すはずもなく、二振り目の刃がアトラクの腹部へと叩きつけられた。

 アトラクは懸命に三本の剣でツヴァイの剣を防ごうとしたが、それはほとんど何の意味も成してはいなかった。

  刃が砕け、腕が断たれ、アトラクの腹部が大きくくの字に折れ曲がる。


「ごぼっ!」


「お、〈硬魔〉で守ってんのか。斬れねぇとは、なかなか頑丈じゃねぇか」


 ツヴァイはアトラクの身体を刃に引っ掻けたまま、一直線に壁際へと跳んでいく。

 そしてアトラクの身体を壁へと目掛けて叩きつけた。

 迷宮の壁が大きく窪み、一面に亀裂が走った。


「百連斬りィッ!」


 壁に叩きつけられて無防備なアトラク目掛けて、ツヴァイの双剣による無慈悲な連斬が叩き込まれる。

 壁が砕け、削れ、迷宮全体が大きく震える。

 アトラクだったものの血肉は、既に残骸となって辺りに四散していた。


 ツヴァイは壁へと目掛けて剣を放ったところで、寸前で刃を止めて周囲を見回す。


「んだよ……もう何も残ってないじゃねぇか。まだ百まで半分と届いてねぇぞ。多少は骨があるかと思ったが、こんなもんかよ」


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