第120話 side:カプリス
「〈狂王子カプリス〉……ただの変人だと聞いていたが、身を呈して他の者を助けるとは。いやはや大した騎士道精神よ。しかし、仮にも王族が身体を張り、貴族が逃げ出すとは……アディア王国の将来は随分と明るいようだ」
アトラクが六本の剣を構え、カプリスへとそう皮肉を口にした。
「フン、そんな大それたものではない。単純にこうすることが、最もこの場を切り抜けるのに適していると考えたまでだ。奴らに身体を張らせたところで、まともに時間を稼げんのは明白であろうに」
カプリスはそう口にした後、口端を吊り上げさせた。
「それに……シーケル、貴様には悪いが、余は今、満たされておるぞ。〈逆さ黄金律〉の異貌の剣客を前に、心が昂ることを抑えられん。王族としての責務を投げ出して余が残ったのは、余の我が儘に過ぎん。余が自己犠牲や情で残ったのだと同情していたのならば、とっととこの場を去ることだな」
「カプリス様が我が儘で残ったというのであれば……尚更私も、私の我が儘でここに残らせていただきます」
シーケルは首を振って、カプリスへとそう返した。
「全く……ほとほと、貴様は扱い辛い女だ」
カプリスが剣を構える。
「ゆくぞ、アトラク!」
カプリスが〈軽魔〉でアトラクへと一気に接近した。
そのまま死角へ回り込もうとするも、アトラクにあっさりと進路を防がれる。
カプリスは重心を背後へ傾け、退きながら剣を振るう。
アトラクは一歩前へと踏み出し、殴りつけるような重い一撃をカプリスの刃へと振るった。
「ぐぅっ!」
カプリスは身体を捻って衝撃を逃がしつつ、背後へと跳んで距離を置いた。
地面に屈み、アトラクを睨む。
「クク……参ったな。宮廷剣術には、相手が六本腕であった場合の戦い方など記されてはおらんかったぞ。欠陥剣術め」
どこに斬りかかろうが、剣で防がれ、別の剣に斬られる。
カプリスは周囲を駆けて隙を探るしかないと判断したが、アトラクの反応速度と剣技の前にはそれも困難らしいと、今の立ち合いで理解させられていた。
「つまらぬ剣だな。王子様の男気に免じて見逃してやったが、今の弱気な剣……俺様であれば、そのまま追い詰めて斬り殺すことも容易かったぞ。剣狂いの狂王子とはそんなものか?」
「テロリストが抜かしてくれる」
カプリスが口許を歪めて笑みを浮かべた。
「長引かせても勝機がないのは事実……刹那に余の、全てを賭させてもらうぞ!」
カプリスはアトラクへと直進し、〈軽魔〉で己の速度を引き上げる。
そのまま正面からアトラクへ飛び込み……剣の間合いのすぐ外側より、地面を蹴って〈軽魔〉を活かして高く跳び上がった。
「無防備な空中より斬り掛かるか。神に祈るかのような健気で……そして、投げやりな剣だな。そのようなもので俺様を倒せると……」
アトラクがカプリスを見上げたとき、カプリスは天井へと両足を付けていた。
勢い余り、天井に両足が浅くめり込んでいる。
カプリスは逆さよりアトラクを見下ろしながら、肉体を軽くする〈軽魔〉から、膂力を引き上げる〈剛魔〉へと切り替えていた。
カプリスの腕の筋肉が膨れ上がり、身体から赤い蒸気が昇っている。
「余は神になど祈らぬ! 余が信じるのは、余のみよ!」
カプリスは天井を蹴り、豪速でアトラクへと一直線に落下していく。
それはまるで赤い雷のようのでもあった。
「〈轟雷落斬〉!」
両者の刃が衝突し、互いの動きが硬直した。
今この瞬間に限ってではあるものの、アトラクとカプリス、両者の力は間違いなく拮抗していた。
「驚いた……狂王子と揶揄されるカプリス……剣術だけは一流と耳にしていたが、まさかここまでとは」
アトラクはそう口にした後、カプリスへと二本目の刃を振り上げた。
鮮血が舞った。
斬り飛ばされたカプリスが、地面へと己の身体を打ち付ける。
「ただの刹那とはいえ、この俺様相手に力勝負を挑んで耐えた事実を誇るがいい。カプリス・アディア・カレストレアよ」
「ぐ……ぐぐ、かは……」
カプリスは身体を起こそうとしたが、喀血しながら地面へと伏せた。
「殺さないよう加減はしたつもりだったが……ちょいと深かったらしい。参ったな……数日は生きてもらわないと困るのだが」
「カプリス様!」
シーケルがカプリスの許へと駆け寄り、身を屈めた。
「やるせないものだ……アインに続き、また遠く及ばぬままの敗北とは。世界には、まだまだこのような見知らぬ強者が無数に眠っているのか。天才だと持て囃され、世界は退屈だと厭世家を気取っていた、己の見識の狭さが恥ずかしい。……余の我が儘に巻き込んで、すまなかった、シーケル」
カプリスは消え入るような、弱々しい声でそう漏らした。
シーケルは顔を上げ、アトラクを睨み付けた。
「ひ、卑怯者……。あのまま純粋な競り合いなら、カプリス様にも勝ち目はあった! カプリス様は全てを賭して戦っていた……けれど、貴方にとっては遊び半分の立ち合いでしかなかった!」
「強者が命を懸けないなど、何を当たり前のことを。嘆くのなら、己の無力さを嘆くがいい。行き場のない憤りの矛先を少しでも目前の敵に向けたいというのは理解できるが、その言葉は王子の覚悟を踏み躙っている。第一……俺様は〈剛魔〉さえ使っておらんのだからな。腕の数がどうこうというだけの話ではない」
「そんな……」
シーケルが絶望に声を震わせる。
膂力を引き上げる〈剛魔〉の有無は大きい。
〈剛魔〉なしで拮抗していたということは、アトラクがまともに〈剛魔〉を使っていれば、間違いなく力負けして吹き飛ばされていただろう。
アトラク程の実力者が〈剛魔〉を使えないわけがない。
どの道勝ち筋などなかったのだ。
アトラクは剣の構えを解き、カプリスへと歩み寄る。
「女……王子に免じて、見逃してやる。立ち去るがいい」
アトラクの言葉に、シーケルはカプリスに抱き着くように覆い被さった。
「そうか、それが答えだというのだな」
アトラクが大きく剣を振り上げた――そのときであった。
突如として、直径四メートルはあろうかという、巨大な岩塊がアトラク目掛けて豪速で飛来する。
アトラクは後方へ飛びつつ、三本の右側の剣を用いて岩塊を背後へ受け流した。
壁に叩きつけられた岩塊は、勢いのままに深くめり込み、迷宮全体を大きく揺らした。
「……何者だ」
アトラクは岩塊が飛んできた方向を睨む。
視線の先には、赤毛の少女が立っていた。
攻撃的な三白眼をしており、口許からは印象的な犬歯が覗いていた。
アディア王国の騎士団の正装を黒く塗り潰したかのような衣装を身に纏っている。
「一応間に合ったらしいな」
赤毛の少女は、勝ち気にそう口にした。
「ど、どなた……?」
シーケルも困惑したように口にする。
「黒い騎士……幻の龍……そうか、父上から聞いたことがある。教会が秘密裏に抱えている、影の騎士団があると……!」
カプリスが頭を傾け、赤毛の少女へと目を向ける。
「こっからはオレが引き受けてやるぜ、タコ男。わざわざ出向いてやったんだ、ちっとは楽しませてくれよ」
赤毛の少女……〈幻龍騎士〉の一人ツヴァイはアトラクへとそう言い放つと、腰に差している二本の剣を抜き、両手に構えた。
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