第119話 side:カプリス
――〈迷宮競争〉開始より半刻後、レーダンテ地下迷宮にて。
「騙された、ただの迷宮探索ではないか。アインと戦えるのではなかったのか?」
アディア王国の第三王子、カプリス・アディア・カレストレアは、不貞腐れた様子で学院迷宮の内部を進んでいた。
〈Aクラス〉の他の生徒三人も同行している。
内一人の付き人シーケルはカプリスの我が儘には慣れっこであるため特に気に留めた様子はなかったのだが、他の二人は気まずげな愛想笑いを浮かべていた。
「萎えた。余は今すぐにでも戻りたい」
「カ、カプリス様、迷宮探索はお好きなのでは?」
「邪魔な従者がいなければな」
生徒の一人が説得を試みるも、カプリスは彼の方を見もせずに淡々と答える。
「い、いいではありませんか! 軽い腕試しだとでも思って……。カプリス様のお力をお貸しいただければ心強いなと……!」
「キラーマンティスを狩るだけであろう。こんなもの、貴様ら程度でも一人で充分達成できるであろう。群れて行う意味もない。そんなこともできないのであれば、余の手を借りることに躍起になるより、少しでも研鑽を積むことだな」
カプリスは足を止め、その場で身体を翻した。
「やはり戻る。つまらん」
「カプリス様! シ、シーケルさん、どうにかしてください! 僕達……先生からも、少しでもカプリス様に学院行事に参加させるようにと言われているんです……。でもやっぱり、カプリス様、シーケルさんの言葉にしか耳を貸さないというか……」
生徒が声を潜め、シーケルへと助力を求める。
「今回は諦めましょう。アインさんを出汁にできないかとは私も考えていましたが、やはり結び付けるのは難しそうです。あ……私もカプリス様にお供しますので、〈迷宮探索〉の方は御二人でお願いいたします」
「ええ……」
シーケルはばっさりと生徒の頼みを切り捨てた。
シーケルは学院だけでなく王族からも、カプリスを制御できる稀な人材として重宝されている。
ただ彼女とて、カプリスの言動の全てを正せるわけではない。
カプリスが致命的な問題行動に出た際には形振り構わずにそれを止める覚悟はあるが、気紛れを起こして講義や学院行事を抜け出すのを止めることは難しいし、躍起になって止めてもあまり意味がないとシーケルは判断していた。
カプリスが躊躇いなく迷宮の出口へと歩き出したため、シーケルも彼を追い掛けた。
「はぁ……冗談キツい。なんで折角苦労してこのクラスに入ったのに、貴重な時間を馬鹿王子の子守りに振り回されなきゃいけないんだ。もし第一王子様や第二王子様と同クラスになれていれば、父様も大喜びだっただろうに。王族からも煙たがれているハズレの狂王子とは」
「こ、この距離だと聞こえるぞ、おい!」
残された二人の会話が、微かにカプリスの耳に届く。
だが、カプリスはまるで気にも留めずに欠伸をしていた。
「言われておりますよ、カプリス様」
「構わん、事実であろう。もっとも、この余が奴ら如きの事情に合わせてやる理由もないがな。余は政にも富にも関心はない、これさえあればよい」
カプリスは剣を抜いて、その刃へと目を向ける。
「父上は学院で余が少しでもまともになることを望んでいるらしいが、余に一切そのつもりはない。クク、近い内に王家より追われても不思議ではないな」
「陛下はカプリス様のことを愛していらっしゃいますよ」
「シーケル、貴様も身の振り方を考えておくことだな。貴様がしつこく余に付き纏っているのも、代を跨ぐごとに影響力を落としてきたシャンバラ公爵家を立て直さんと画策する当主の意向であろう。だが、あの男もいい加減余が使い物にならんらしいと気付いておるはずだ」
カプリスが横目でシーケルを睨む。
シーケルはぱちりと瞬きをした。
カプリスがわざわざ、日常会話の中で彼女とまともに顔を合わせようとすることは稀であった。
「カプリス様、そのようなことを考えていらしたんですね。お可愛らしい」
シーケルは口許を手で覆い、くすくすと笑う。
「くだらん茶化し方をするな。余は真面目に話しておるのだ。周りの奴らにわざわざ余が合わせてやるつもりはないが、周りが見えておらんわけではない」
「まぁ、幼少の頃はカプリス様への接近を喜ばれていた父様が、ここ数年は程々にしろと口にし始めているのは事実ですが……」
「それ見たことか」
「私は好きでカプリス様のお傍にいますから」
シーケルは微笑みながらそう口にした。
「……フン、ならば余の行動に難癖を付けるのは止めてもらいたいものだがな」
カプリスが前へと向き直る。
「止めないと私が怒られてしまいますし、公爵家のためにも少しでもカプリス様が真面目になっていただいた方がありがたいことにも間違いはありませんから」
二人が会話をしながら歩いていた、そのときであった。
背後より鋭い剣を打つ金属音と共に、先に別れた二人の生徒の悲鳴が響いた。
カプリスが振り返れば、クラスメイトの二人が血塗れでその場に倒れており、その傍らには折れた刃が落ちていた。
「王子様、見~つけ」
そして彼らの前には、六本の腕に、それぞれの剣を握る、異形の剣士が立っていた。
手入れのなされていない、だらりと伸びた黒髪の、無精髭の大男であった。
背丈は二メートル以上はある。
「俺様は〈逆さ黄金律〉……〈魔蜘蛛のアトラク〉なり。ハズレ王子なのは仕方ないが、少しでも事を大きくするために、大物の人質が欲しい。貴様とて王家の端くれ……捕らえておけば何かの役には立つだろうよ。こんな迷宮内で、うだうだ鬼ごっこはしたくない。結果は同じだ、投降しろ」
異形の剣士……アトラクは、手にした刃の内の二本を、床に這う二人の生徒へと向ける。
「カプリス様……少しでも遠くへお逃げください!」
シーケルがアトラクへと飛び出そうとしたが、それより早くにカプリスは動いていた。
シーケルの動きを止めるように彼女の前を歩み、剣を抜いてアトラクへと構えた。
「よかろう……余が相手をしてやる。その二人を放せ」
「カ、カプリス様! 今は御戯れを口にしている場合では……!」
「あやつを相手取れるのは余しかおるまい。貴様らは逃げて、教師にでも知らせに行け」
カプリスの言葉に、アトラクがニヤリと笑う。
「俺様へと戦いを挑むとは、狂王子と揶揄されるだけはあるらしい。だが、興が乗った」
アトラクが二人から刃を除ける。
二人はよろめきながら立ち上がると、別方向へと一斉に逃げ出した。
「す、すみませんカプリス様……!」
「すぐに他の者を呼んで参りますので!」
二人の姿が見えなくなった後に、カプリスは苛立ったようにシーケルを振り返る。
「早く貴様も向かえ、シーケル。余とて奴との実力の差はわかっている。救援が遅れれば、余が命を落とすことになるのだぞ」
「……彼らがカプリス様を置いて逃げ出す言い訳を作ったつもりですか?」
シーケルは絞り出すようにそう口にした。
シーケルの目には涙が滲んでいた。
「シーケル、余の命令に刃向かうつもりか!」
カプリスが声を荒らげて叫ぶ。
「……はい、救援を呼びに向かうのはあの御二人で充分なはずです。私はカプリス様の言葉も、父様の言葉も聞き入れるつもりはありません。私は好きで、カプリス様のお傍にいますから」
「……そうか。貴様は本当に、面倒な女だな、シーケル」
カプリスはそう零した後、アトラクへと向き直る。
「来るがいい、〈魔蜘蛛のアトラク〉よ。アディア王国第三王子、カプリス・アディア・カレストレアが相手をしてやる。光栄に思うがよい」
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【書籍情報】
「小説家になろう」総合年間ランキング一位獲得作品、転生重騎士第一巻が本日発売いたします!
また、転生重騎士は六月六日にコミカライズ単行本発売となっておりますので、こちらもお楽しみに!
(2022/6/2)
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