シンデレラ、最後の夏 10

 駐輪場で何度も絶叫する。周りを行く生徒や保護者たちがチラチラと遠巻きにこちらを伺っている。

「俺が帰ってきてもいなかったのは、藪の方に出て行って藤波先輩と一緒にスパイクを探してたからだったの?」

「そうだよ」

「俺たちがもしかしたらスパイクは捨てられたかもしれないって話してた時も?」

「話聞いてて驚いたわよ」

「なんですぐに出てこなかったのさ!」

「あれでも急いだんだよ? 出入り口から大分距離あったから間に合わなかったけど」

「声かけてくれてもよかったじゃん!」

「あんなところから叫んだら檜室先生辺りに見つかったわよ」

 それくらいにしようよ、と澄香になだめられる。

「まあ、元気君もまだまだってことだね」

 冬樹先輩がため息をつく。

「どういうことですか」

「だってあの時点で誰も2人の行方を知らなかったんだから。水筒が置いてある校舎、テニスコート付近、柔道場付近、とグラウンドが見渡せる元々の持ち場。テニスコートや柔道場を行き来する時は体育館の脇を通るから見かけるはずだし、檜室先生が見回っている中で校舎の方への移動は難しいと思うよ。

 ということで、消去法で部室か体育倉庫辺りの陰にいたと考えたわけ。まさか敷地外に出ていたとは思わなかったけれど」

 まさかネットが破れている箇所があって、フェンスにも穴が開いていて、その奥に入り込んでスパイクを探している藤波先輩がいるとは、誰が想像できただろうか。

「もっと言うと宇山君に盗み聞きされてたよ」

「えっ!」

「2人のこと邪魔するかもしれないと思って彼を捕まえる方を優先しちゃったけど、結果オーライだね。彼は充分仕事してくれたし、篤志君と牧羽さんはこっちからやってきてくれたわけだし、いくら探しても見つからないはずのスパイク探しから小倉さんと遠野さんはやらなくて済んだわけだし」

「それは、本当に感謝しかないです……」

 遠野さんにスパイクを探してもらう話になっていたけれど、篤志と牧羽さんが呼び止めてくれたそうだ。必要のないことをやらせていたかと思うと申し訳なくなるし、ソフトテニス部に撤収までかけたのは英断だった。

「まあでも? 一番の功労者は小倉かな。僕たちも見つけられなかったスパイクを見つけてくれて」

 篤志がチラリと澄香を見る。澄香は赤くなって「たいしたことじゃないよ」と謙遜を始めた。

「そうね。まさかあんなところにあるとは誰も予想できなかったわけだし。お手柄よ」

 本人はとうとう俺の背中に隠れだした。

「たまたまだよ……何であんなところにあったんだろう」

 おそらく野生動物が持って行ったのではないか、という話になっている。篤志たちが入っていったというネットに空いていた穴を見てみたが、大きさからしてキツネとかタヌキだろう。ちなみに田村先生からエキノコックス講義に突入しそうだったから、手はよく洗った。

「まあ、最後に一番おいしいところ持ってった人もいるけど」

 牧羽さんが言うと、視線が集まった。

 サッカー部の不祥事の事件の当事者で、東海林先輩と知り合いで、部活に関して因縁があるから説得力があって、しかも反抗できる人。

「最後のはなんだそれ」

「自分の意思で決められるようにしなきゃならなかったんだよ。案の定怒鳴られてたから大成功だよ」

 篤志が言う。他のみんなもうんうん、と意味ありげにうなずいた。

 自分の意思で、かあ。

 誰かが言ったからとか、学校の状況がこうだからとか、状況に流されることなんていくらでもある。それは父さんのことで否応なく味わわされた。

 先生にも先輩にも反抗できなくて、転校も難しくて、自分の意思だけで決められることなんてほんのわずかしかない。子どもだから、生徒だから、どうしても制約は受けざるを得ない。

 それでもいつかは大人になる。ある程度の自由を手にして、子どもたちを見守る立場になる。そのときに何をしてあげられるだろうか。

 魔法使いや王子様が現れるとは限らない。落としたガラスの靴が拾われる保証もない。

 だったら、灰をかぶって家事や他人の世話に明け暮れるような少女を1人でも減らしたい。

 研究部なら、きっとできるはずだ。

 なぜなら、自分の意思で学校生活も作り上げていけるから。

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シンデレラ、最後の夏 平野真咲 @HiranoShinnsaku

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