シンデレラ、最後の夏 9

 俺のことを呼んで息を切らして立っていたのは、見覚えのある男子生徒だった。

 誰だったか、と記憶をたぐっていると、藤波がおでこに手を当てて「研究部か……」とうなだれた。

「知り合いか?」

「例の件で」

 風の噂が本当だったのか。研究部が事件を止めたという。でも名前は聞かされていない。どこで会った? 研究部の知り合いはいない。部長会議に出ているのも日焼けすら知らなそうなイケメン。目の前にいる男子生徒とは似ても似つかない。

「蓬莱、だよな?」

「そうですが」

 思い出した。蓬莱元気だ。同じ小学校でサッカー部だった。

「研究部なの? なんでサッカー部に入らなかったんだ?」

 小学校でサッカー部だったから必ずしもサッカー部に入るとは限らない。でも、よりによってなぜ研究部を選んだのだろう。下手すれば学校の雑用係だ。

「研究部に入って、後悔しなかったのか?」

 蓬莱は少し考えてこういった。

「最初俺は父のことを調べるために研究部を探しました。あ、父は昔久葉中で研究部の顧問をしていたんです。それが3年前にいなくなってしまって。

 結局父がどうして姿を消してしまったのかは入部する前にわかりました」

 俺たちの前に妙な緊張が走った。父親が久葉中で研究部の顧問? いなくなったって、まさか蒸発した? 今言っていることが本当なら、久葉中の不祥事じゃないか。蓬莱の父親ということは、当の先生の名も蓬莱なんだろうか。珍しい名字だ。もしかしたら兄貴は聞いたことくらいはあるかもしれない。

 1人、蓬莱元気は話を続けた。

「言っておきますが、俺にはサッカー部でもどこでも、違う部活に入部するという選択肢はありました。

 それでも研究部に入りました。

 後悔はしていません。自分で決めたことですから。

――って、俺のことはいいじゃないですか!

 今は東海林先輩自身のことを聞いているんです。サッカー好きじゃないんですか。続ける気はないんですか」

 藤波が「お前何しに来たんだ?」と聞いている。

 藤波はサッカー部にいながら不祥事を起こし危機にさらした張本人。

 蓬莱はサッカー部の不祥事を暴いて同じく危機にさらした張本人。

 答えは1つ。

「おめえらのせいだろうがあ!」

 叫んだ。ありったけの声で叫んでやった。

「てめえ、藤波、お前が自転車にイタズラなんてしあがるから連帯責任で総体出場が危うくなったんだぞ、もっと責任感じろよ!

 そんでもって蓬莱! 派手にやり上がって。犯人と対峙とかどこぞの2時間サスペンスだよ。んなことされちゃあ久葉中のセンコウなんぞ部の責任になすりつけるに決まってるじゃねえか!

 畜生! こんなことになったのは結局兄貴がいたときから久葉中も変わってないせいで、お情けで出してもらいながら一回戦負けして」

 声がだんだん細くなっていく。

「結局俺たちが弱かったせいだ。結局自分が弱かったせいじゃんか……」

 うまく言えない。体内を巡る水分が邪魔して言葉が口から出せない。情けない。腐ってもサッカー部元部長、東海林崇哉だろうが。

「ったく! ぜーんぶ俺が弱かったせいじゃんか!」

 いきなりの吹っ切りように、2人は呆然と俺を見ていた。

「蓬莱、おめえ先輩への口の利き方がなってないな!」

「は?」

「サッカー好きじゃないんですか。続ける気はないんですか。んなこと一言も言ってねえだろうが! 高校行っても続ける! 当たり前だ!」

 ビシッと指を指した。後で痛いと言われようが構うもんか。

「そっか」

 物陰から誰かが出てきた。さすがに出した手を引っ込める。

「兄貴……」

「よかった」

 兄貴が微笑む。今日一緒に来たというのに、まともに顔を見ていなかったかもしれない。そのまま兄貴はくるりときびすを返していった。

 兄貴の登場で困惑していたが、いきなり蓬莱が声を上げた。

「先輩! 高校行っても続けるなら、スパイク、スパイク!」

 はっと我に返る。片方は藤波の手にある。もう片方は――。

「たぶんタヌキやキツネに持って行かれたからだろうって、泥だらけになっちゃってて。今大変なんです。サッカー部の誰かが捨てたことになってるんです!」

「はあ!?」

「ともかく急ぎましょう!」

 蓬莱に案内される通りにかけだしていく。

 日向に出ると照りつけた日差しに目がくらむ。青空の下走り出す。入道雲が立ちこめる、太陽が南の空に高く昇る季節。

 校内放送が、12時と奉仕作業の終了を告げた。

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