第230話 奏、俺様からお前への手紙だ

 バアルは皆が寝静まった頃、礼拝堂で手紙を書いていた。



◆◆◆◆◆


 奏へ


 お前と初めて出会ったのは前のお前の家の玄関だったな。


 世界で初めてモンスターを倒した特典として、俺様が神器になってお前にプレゼントされたんだ。


 俺様はな、魔界での威力偵察の後、天界でも働き通しだった。


 俺様を知ってるなら、俺様が毎日働いてるところなんて奏じゃ絶対思いつかねえだろ?


 今思い返してみれば、俺様も良く働いたもんだぜ。


 それでも、天界の神々は地球を魔界のモンスター共に蹂躙されないように、俺様と一緒に神器になってまで地球を救おうと動いた。


 残念ながら、地球に全く影響を与えずに魔界の侵略を防ぐことはできなかったから、伊邪那美も苦渋の決断だったろうよ。


 正直俺様としても、神器になった時は働き詰めだったからここから先は楽がしてえって思ってたんだよな。


 ところがどうだ?


 俺様の相棒になったお前は、当時は絵に描いたような社畜でそれ以外は寝ることに執着する鈍感野郎じゃねえか。


 今じゃ楓嬢ちゃんに鍛えられたせいで、鈍感な所は一般人並みの鋭さになったからホッとしたぜ。


 だってよ、奏って全然俺TUEEEルートに興味を持たねえんだもん。


 日本人の若者って、ラノベの俺TUEEEに憧れるんじゃねえの?


 もうちょっとガツガツしてても良かったと思うぜ。


 まあ、野心があり過ぎても手に負えなくなるから、俺様は奏と出会えて良かったがな。


 ここだけの話だが俺様は本当はバールになんてなりたくはなかった。


 えっ、知ってるって?


 そりゃそうだろうよ。


 誰が好き好んで神器の種類でバールを選択するかっつーの。


 いや、そもそもバールは神器じゃねえよな。


 それに、奏もLv2になった時に会得したスキルが【睡眠スリープ】だったのは、今でも思い出す度に冷や汗をかくわ。


 俺様が【サンダー】を会得できなかったら、奏の攻撃手段が殴る、投げるに留まるんだぜ?


 マジでシャレになんねーよ。


 まあ、そんな不安も奏の戦い方を見てすぐに吹っ飛んだがな。


 奏、お前は戦闘の天才だ。


 戦うために生まれたとは言わねえが、力の抜き方をわかってるし、安全第一で戦える奴は滅多にいねえよ。


 普通、神器なんて手に入れたらどうしても戦い方が力押しで雑になるんだが、奏はできることをやり、できないことはやらないって基礎中の基礎を理解してた。


 きっと、奏のじいさんが本当にすげえ人だったってこった。


 そうじゃなきゃ、大した怪我を負うことなくここまでやって来れねえからよ。


 奏のじいさんには1回で良いから生前に会ってみたかったぜ。


 ダイダラボッチを甚振るやり方を見た時、マジでヤバいと思った。


 常識的に考えて、死について半分とはどこかなんて線引きはしねえよ。


 まあ、奏もその話を聞いたところで魘されても6時間はしっかり寝るんだから、大物に違いねえがな。


 大物と言えば、楓嬢ちゃんをヤンデレから持ち直させたってのもすごかった。


 なんてったって神話が誇るヤンデレのヘラがバックについた楓を愛情が強い程度までに抑え込むんだから、大したもんだぜ。


 ついでに言えば、夜だけ肉食系の楓嬢ちゃんを満足させてちゃっかり自分の睡眠時間を確保するあたり、俺様はマジで奏を尊敬してる。


 尊敬する点ならまだある。


 ルナのことだ。


 グリフォンが珍しい種族なのは言うまでもねえ。


 だが、そんなグリフォンを俺様の知らないテンペストグリフォンに進化させて、更にはシルフィーグリフォンなんてトンデモ神獣に進化させたのは冗談抜きにビビった。


 俺様、天界では従魔を持たなかったんだが、ルナを見て従魔を欲しくなっちまったぜ。


 だから、暇な時はルナやサクラと遊ばせてもらったよ。


 ああ、そうだ。


 奏にはもっと伝えるべきことがあったんだ。


 色々思い出しちまって、前置きが長くなり過ぎちまったぜ。


 んじゃ、本題な。


 俺様を復活させてくれてありがとな。


 お前は寝ることが大事だから、身の安全と贅沢さえしなければ十分に暮らせるようになったら、俺様のことをバールのままにしちまうんじゃねえかと心配になった時もあった。


 それでも、奏は面倒臭がりのくせに義理堅くて、俺と出会わなかったら死んでたかもって言って最後まで俺様の復活に協力してくれた。


 俺様、大昔は神として祭られてた時もあったけど、何百何千何万の祈りよりも、奏が俺様のために戦ってくれたこと、約束を守ってくれたことが嬉しくて仕方なかった。


 そんなこと言うと、依怙贔屓な神だって思うかもしれねえけど、俺様だって意思のある生物なんだ。


 好き嫌いは当然あるし、同じ好きにも優劣があるのさ。


 勿論、俺様は奏のことが一番好きだぜ。


 おっと、あんまり余計なことを書けば楓嬢ちゃんがヤンデレムーブするかもしれんからこの辺で止めとくわ。


 とまあ、それはさておき、なんで俺様が不慣れな手紙なんて書いたか説明するか。


 実は、以前から俺様に天界の神々から頼まれてたんだ。


 天界に戻って、凱旋パレードをしてほしいってな。


 信じられるか?


 天界の凱旋パレードって、かったるいだけじゃなくて拘束時間がクソ長いんだぜ?


 正直、俺様としては全く気乗りしねえ。


 けどよ、神器から神に復活した神や天界で伊邪那美達の下請けをしてた神、その下で仕事をしてた天使達が俺様に会いたいんだと。


 流石に、そいつ等全てが双月島に来る訳にはいかねえから、俺様が凱旋してやらなきゃいけねえんだ。


 この凱旋パレード、年単位で行われるからその間は地球にいられねえ。


 だから、少しの間だけお別れだ。


 俺様、奏とここまで過ごした日々のことを1日たりとも忘れることはねえよ。


 それだけ、俺様にとってこの3年という時間は濃密だった。


 また、天界で頼まれた役目が終わったら会いに来るし、奏達が天界に来る時に時間が合えば会おうや。


 今までありがとな。


                        母親兼奏の相棒バアルより


◆◆◆◆◆



「ふぅ、書けたぜ」


 手紙を書き終えたバアルは、達成感を味わっていた。


 しかし、その達成感も次の瞬間には驚きに塗り替えられた。


「バアル、何を書いてんだ?」


「奏!? 一体いつからここに!?」


 奏の存在に全く気付いていなかったため、バアルは目を見開いた。


「10分前くらいだな。熱心に何かやってるから、ここに【仙術ウィザードリィ】で気配をこの部屋の空気に同調させて忍び寄ってみた」


「そんな無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きすんじゃねえ!」


「シーッ。夜中に大声出すなよ。悠と葵が起きちゃうだろうが」


 自分だけでなく、悠と葵が寝ているのを邪魔すると不機嫌になるので、バアルは一旦落ち着くことにした。


「・・・悪い。つーか、お前も何やってんだよ。楓嬢ちゃんに捕食されてたはずだろうが」


「おい、言い方なんとかしろや」


「俺様、嘘はつけねえんだ。それよりも楓嬢ちゃんが寝ちまったら、奏も普段ならそのまま寝るだろ? なんで今日に限って起きてんだよ?」


「いや、単に喉が渇いて水を飲みに来た帰りだ。礼拝堂から物音が聞こえたから、気まぐれに覗きに来た」


「くっ、こんな時だけ無駄に勘を働かせやがって」


「無駄ってなんだし。で、何書いてたんだ?」


「はぁ。手紙だよ、手紙」


「誰に?」


「奏、俺様からお前への手紙だ」


「なんで?」


「それは・・・、俺が出発してから読め。恥ずかしいから」


 手紙に書いた内容を口にするのが恥ずかしくて、バアルの顔が赤くなった。


「出発? こんな夜更けにどっか行くのか?」


「おう。天界に行く」


「ふーん、珍しいな。バアルから天界に行くなんて」


「まあ、その辺のことも手紙に書いてるから読んでくれや」


 どうしても手紙の内容は口にしたくないらしいとわかると、奏は首を縦に振った。


「わかった。いつ帰って来るんだ?」


「さあな。少なくとも、1年じゃ戻って来れねえな」


「えっ、マジ? 長期出張か?」


「そんなもんさ。人気者は辛いぜ」


「うわぁ・・・。俺も秋葉原以外でも顔バレしてたら、もっと大変なことになってたのか」


「そういうこった。じゃあ、行って来るわ」


「おう。いってらっしゃい」


 奏が軽いノリで見送るので、バアルがムスッとした表情になった。


「そこはさぁ、もうちょっと引き留めるとこなんじゃねえの?」


「だって、バアルの帰って来る場所はここだろ? ここ、バアルの神殿なんだし」


 奏が笑って言うと、バアルは一瞬キョトンとしたが、すぐに笑みを浮かべた。


「違いねえ。そうだぜ。ここは俺様の神殿だ。じゃあ、行って来る」


「いってらっしゃい。極楽湯とかには、ちょくちょく行くから、あっちで会えたら会おうぜ」


「おう」


 奏とバアルは、それぞれ自らの拳を前に出し、コツンとぶつけた。


 そして、バアルは転移門ゲートによって天界へと移動し、奏もそれを見届けたら手紙を持って寝室へと戻った。


 翌日、手紙を読んだ奏がバアルの恥ずかしがってた理由を知り、すぐに会ってニヤニヤした視線を送りたくなったが、バアルと再会できたのはそれからきっかり1年後のことだった。

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