聖女の見た夢

黄舞@9/5新作発売

第1話

 いつもの通り私は祈っていた。

 国の繁栄を、人々の安寧あんねいを。


 一日中続ける神への祈り。

 そのおかげかどうかは知らないけれど、確かにこの国は栄え、人々は安息の日々を謳歌おうかしていると聞いている。


 今日も深夜までのお勤めを終えると自室へ戻り、部屋に用意されている食事を口に運ぶ。

 起きた直後と寝る直前にだけ口にすることの許される食事は、ひどく質素で味気ないものだった。


 一度だけ王と食事をした時、そして他の国の使者と食事をする時だけは、豪華な食事が用意される。

 だけど部屋に用意されているものはとてもではないけれど、美味しいとは言えないものばかりだ。


 初めて食べた時は量が少ないにも関わらず、残してしまった。

 すると次の日から食事の量はさらに減らされていた。


 それから私は残すことないようにどんな食事が出ても、この残さず食べるようにした。

 これ以上量が減らされないように。


 食事が終わると私は床に入る。

 そして明日も日が昇ると同時に祈りを再開するのだ。


 聖女だと言われ、寂れた村から王都に来た時の私は希望と期待とやる気に満ちていた。

 どんな素敵な日々が訪れるのかと、そして人々の役に立つことに喜びを感じていた。


 だけど今はそんな気持ちはとうに薄れてしまった。

 誰と会うこともなく、日々一人で祈るだけの毎日。


 確かに人々は幸せなのだろう。

 何百年も前から聖女が毎日祈りを捧げるおかげで、この国は災害にも魔獣たちの脅威にもさらされることはなかった。


 そんなある日、私は祈りの終わり間際、ついに自分の幸せを祈ってしまった。

 毎日繰り返される祈りの日々から逃れたいと願ってしまったのだ。


 その日の夜、私は夢を見た。

 とてもはっきりした夢だった。


 珍しく王に呼び出された私は突然こんなことを言われたのだ。

 ちなみに、私は初めて会った時から、醜くだらしない身体をした王がどうしても好きになれない。


『ロザリーよ。お主は自らを聖女と謀っていたらしいな! ここにいる者が真の聖女だ! 危ないことをした。このまま偽物のお前に祈りを捧げられていたら、この国はどうなっていたとことか』


 何のことか分からない私に王は話を続けた。

 王の隣では見たこともない妖艶な女性が怪しく笑っている。


 私は王の前に出るというのに、普段着ている質素な服に身を包んでいることを不思議に思っていたのだ。

 だけど、王の隣にいる女性の姿を見て、その理由を理解した。


 真の聖女と王に言われた女性はきらびやかな服を身にまとっている。

 これは私が人の前に出る時にだけ着る衣装だった。


『ワシを、この国をあざむき、危機におとしめようとした罪は重い! よって、お前を追放とする!!』


 そして私は、普段身に着けている衣類のみで、国外の荒野に一人置きざりにされてしまう。

 そこで私は目を覚ました。


 どこまでも現実の体感を伴った夢だった。

 荒野に置き去りにされるまでの道中すら鮮明に覚えていた。


 私は一度身震いをした。

 あれは確かに夢だったけれど、神への祈りを止めることを祈った罰だとでもいうのだろうか。


 そう思いながら私は、いつにも増して必死に神へ祈りを捧げた。

 しかし祈りを捧げる最中にふと夢の続きを想像してしまった。


 この国の外には恐ろしい魔獣がたくさん生息しているという。

 だけど中には人に益をもたらす魔獣というのもいるのだと、幼いころに聞いたことがある。


 それを思い出すと、物語で聞いた冒険譚ぼうけんたんを思い出した。

 一人の少女が美しい魔獣と心を通わせて、様々な冒険をする話だった。


 つい、昨日に引き続き、私は祈りの最後に私のために祈ってしまった。

 今度は思い出した冒険譚のような、素敵な冒険の日々を過ごしてみたいと。


 祈りの時間を終え、私は自室に戻る。

 わずかな明かりを消すと、眠りに落ちていった。


 その日も私は夢を見た。

 昨日と同じ、まるでその場に本当に居るようなはっきりしとした夢。


 夢の始まりは、昨日見た夢の終わった場所からだった。


 私は荒野を当てもなく歩いた。

 その場で立ちすくして目を覚ますのを待つには、夢の中が鮮明すぎたためだ。


「あら、あれは何かしら」


 少し進むと、金色に輝く毛玉のようなものが落ちているのを見つけた。

 私は興味が湧いて、毛玉の元へと近付き、その場にしゃがみこむと毛玉を手で触れようとする。


「きゃあ!?」


 私が手を伸ばした瞬間、毛玉は私から遠ざかるように独りでに動いた。

 よく見ると、それは小さな愛らしい姿をした獣だった。


 どうやら足を怪我しているようだ。

 見た目からはすばしっこそうだけれど、足をかばうようにしていて、その動きはどこかぎこちない。


「大丈夫だよ。おいで」


 私は安心させようと声をかけながら、着ていた服の裾を細く切り裂いた。

 害がないの分かったのか、獣は私の方にゆっくりと寄ってきた。


 手が届くところまで来ると、私は優しく抱きかかえ、怪我をしている足に先ほど作った簡易の細布を巻きつける。

 動きやすくなったのか、痛みが引いたのか、獣は目を細め、私の頬を小さな舌で舐めた。


 日差しが強い荒野の下、私は暑さを感じていたけれど、獣の舌がひんやりと冷たく、私も心地よさに目を細めた。


「あなた、どこから来たの? 見たところ、まだ子供のようだけれど」

「キューイ?」


 言葉が伝わるわけもなく、私のかけた言葉に、獣は鳴き声で答えるだけだった。

 そこで私は目が覚める。


 夢の中だけでも出会えた生き物に、私は嬉しくなってしまって、また会いたいと思っていた。

 その日も変わらぬ祈りを一日中捧げた後、私は眠りについた。


 すると、また同じような夢を見た。

 だけど、前と違うところは、私が居る場所が見覚えのない場所だということだった。


「キュイ!!」

「あら? あなた……あなたよね? ずいぶん大きくなったんじゃない?」


 私の横で声がして、声の方へ振り向くと、そこには昨日夢の中で助けた獣が居た。

 だけど昨日見た時よりも成長していた。


 昨日の夢では子犬くらいだったのが、今では成犬ほどの大きさになっていた。

 それなのに私はこの目の前に居る獣が、昨日助けた獣だと何故だか確信を持っていた。


 気付けば、私が着ている服も今着ているものよりも上等なものに変わっている。

 心なしか、髪も少し伸びているような気もする。


「うふふ。不思議な夢ね。それでも悪い気分じゃないわ。こうして話し相手が出来たのですから」

「キューイ!」


「そうね。せっかくだから名前をつけましょうか。メア。古い言葉で神の使いという意味よ。あなたが神様が送ってくれた使いだったら素敵なのだけれど」

「キュイ!!」


 どうやら私が付けた名前を気に入ってくれたようだ。

 メアは私を何度も舐める。


 お返しに私はメアの額の辺りを優しく撫でてあげた。

 するとメアは気持ちよさそうに目を細めた。


 その後も私は何度もメアの夢を見た。

 メアは私が夢を見るたびに成長しているように見えた。


 今では私を背に乗せて驚く速さで走れるほどにまで大きくなっていた。

 そうして私を数々の冒険へと誘ってくれるのだ。


 火吹き山にだけ咲くという薬草を取りに行ったり、永久凍土に埋まっているというどんなことをしても溶けることのない氷の塊を探しに行ったり。

 物語で聞いたどんな冒険よりも幻想的でどきどきが止まらないようなそんな冒険ばかりだった。


 私はいつからか夢を見るのが楽しみになっていた。



「聖女よ。最近魔物の被害が増えている。また災害も頻発するようになった。きちんと祈りを続けているのか!」

「はい。神官長様。いつも通りに。間違いなく」


 私が夢を見るようになってからしばらくして、普段姿を見せることなどない、神官長が顔を見せた。

 そして開口一番にこう言った。


 夢を見る前に二度だけ自分のために祈った以外は、私は間違いなく前と同じように真摯しんしに祈りを捧げていた。

 ただ、神官長の言葉が気になった。


 魔物の被害も、災害も夢で見たのだ。

 ただ、それは報告としてそう言われているだけで、実際はその土地の領主が私腹を肥やすためについた嘘だったのだけれど。


 さらに私は、国民全てが幸せだと信じていたけれど、そうではないと気付いた。

 安全で平和な生活をしているのは王都や大きな街に住んでいる裕福な人たちばかりだったのだ。


 その他の人は、貧しさに薬を手に入れることもできず、治るはずの手足を切り落とすというような、悲しみや苦しみにさらされていた。

 夢の中で私はそんな人たちの傷を癒してまわった。


 時には冒険で得た薬草などを使ったりもしたけれど、神に祈りを捧げ流ことにより奇跡が起きることがほとんどだった。

 夢の中で助けた人に泣いて感謝を告げられ、私は神に感謝を告げる。


 私はもし夢の世界のことが現実にも起きているのなら、こんなところで見えない誰かのために祈るのではなく、同じことをしたいと思うようになっていた。

 現実にはそんなことが許されるわけもない。


 ただ、私が祈っても幸せを謳歌するのがごく限られた人だけだと思うと、やるせない気持ちになるのだ。

 それでも祈りをおろそかにすることはできない。


 私は今日も国の繁栄と、人々の安寧を願い、祈りを捧げるのだった。


 ある日、私の夢で一人の男性が出てきた。

 その日の夢で、私は恐ろしい魔物に囲まれていた。


 メアが威嚇するも、大勢の魔物は今にも襲ってきそうだ。

 ところが、そこへ一人の男性が手にした剣を使って、魔物を立ち所に追い払ってくれた。


 私はその男性にお礼を述べる。

 するとその男性は私にこう告げた。


「おお。聖女様。神に仕える真の祈りの人よ。私はこの国の騎士長、ルーラン。貴女を追って遥々はるばるここまで来たのです。貴女に会えてよかった」

「ルーランと言いましたね? 貴方はなぜ私を追ってきたのですか? 私は追放された身です。もう国とは関係ないと思うのですが」


「いいえ。この国の行末ゆくすえを案じ、救えるのは貴女だけだと追ってきたのです。聖女様。王が立てた偽物の聖女は、王と二人贅沢三昧。祈りはするものの、その祈りは神には届きません」


 ルーランは、緋色の髪と紅玉の様な目をした端正な顔立ちをした男性だった。

 騎士長というには若すぎると思わせるほど、年は若く、その顔には生気がみなぎっていた。


「しかし私はもう国には戻れません。こうして出会った人を救うことしかできないのです」

「それは違います。聖女様。貴女のおかげで多くの国民が救われているのです。私はそんな貴女の騎士になりたくてここまでやってきたのです」


 ルーランが夢に出てきてから、私はますます夢を見るのが楽しみになっていた。

 メアと同じで、ルーランも夢を見るたびに登場してくれる。


 そして、夢で誓いを立てた通り、私に付き添い、一緒に旅をしてくれたのだ。

 ルーランは気さくな性格で、共に旅する道中はとても心地の良いものだった。


 私はいつの間にか夢でだけ出会うことができる男性、ルーランに恋をしてしまった。

 恋など諦めていた私は、夢の中でだけでもと、恋心を募らせ、そしてついにルーランに想いを告げる決心をした。


 恋にうとい私でも、ルーランは私に好意を持ってくれている様な気がしたからだ。

 目の前ではいつもの様に、優しい目をしたルーランが微笑みを携え、私を見ている。


 私は一度大きく呼吸をすると、唾を飲み込み、そして伝えるべき言葉を言うために口を開けた。

 ところが、そこで私は目が覚めてしまった。


 続きは今日の夜にお預けだと思っていた私は、珍しく城の中で用事ができ、普段歩くことのない通路を案内人に連れられ歩いてた。

 すると通路の窓から庭が見えた。


 そこでは武装をした男性が大勢で訓練をしている最中だった。

 何気なくその集団に目を向けた私は、自分の目を疑った。


 もしかしたら、と思わなかったと言ったら嘘になる。

 だけど、まさか本当にいるとは思っていなかった。


 訓練をする集団の最前方、一人集団に会いたいする様に立った男性は、夢で見た時と同じ様に緋色の髪をしていた。

 ただ、夢の私と同じ様に、少し髪の毛が記憶より短かった。


「聖女様。あれは我が国が誇る騎士たちでこございます。あの者たちは一騎当千。聖女様の祈りと騎士たちが居れば、この国はいつまでも安泰でございますよ」

「すいません。あの先頭に立っている緋色の髪をした男性の名は?」


「あのお方はアガモンド卿。若くして騎士長に抜擢ばってきされた素晴らしいお人ですよ」

「アガモンド卿……下の名前はなんと?」


 私がやけに騎士長に興味を示すのを不思議に思ったのか、案内人は少し眉をひそめて、そしてこう答えた。


「下の名前ですか? えーっと……そうそう。ルーラン様ですよ」

「ああ! なんてこと!」


 思わず私は叫んでしまった。

 その声にさらにいぶかし気な顔をした案内人は先を促す。


「さぁさぁ、こちらへ。少し急ぎますよ」


 その日から私はいつもの夢を見なくなってしまった。

 ルーランもメアさえも夢に出てきてくれることはなくなってしまった。


 そもそもあれだけ体感を伴った夢すら見なくなったのだ。

 そして繰り返される日々に私は追われて、夢の出来事をいつしか忘れてしまいそうになっていた。


 いつもの様に祈りを捧げていると、唐突に祈りの場の扉が乱暴に放たれた。


「聖女よ。こちらへ。お急ぎください。王がお呼びです」

「王が? それならば、着替えなくては。衣装の用意をお願いします」


「いいえ。そのままの姿で結構だ、とのことです。お急ぎください。王を待たせるなどあってはなりません」

「分かりました……それでは、このままの姿で……」


 奇妙な話だった。

 今まで王に呼ばれることなど、聖女になった時から一度もなかった。


 村から王都に来て、一度だけ謁見した際に向けられた顔だけで、私は王が苦手になっていた。

 その後、王と同席するのは他国の使者が訪れてきた時くらいだ。


 他国の使者が来る時は前もって伝えがあるので、少なくとも従来通りの使者が来ての同席を命じられるということではないのだろう。

 そもそも、この様な質素な格好で王の前に出て良いということが理解できずにいた。


「王よ。お待たせして申し訳ありません」

「来たか……この偽物め!」


 怠惰と暴食の結果がもたらしただらしない姿をしたこの国の王。

 その王が苦々しい顔つきで私をにらむ。


 偽物と呼ばれて何のことが一瞬分からなかった私の目に、王の隣に佇んでいる一人の女性が映る。

 その女性に気付いた瞬間、私は目を見開いていた。


「ロザリーよ。お主は自らを聖女と謀っていたらしいな! ここにいる者が真の聖女だ! 危ないことをした。このまま偽物のお前に祈りを捧げられていたら、この国はどうなっていたとことか」


 王が叫ぶ。

 私はその言葉を聞いて、頭が真っ白になっていた。


 私はもう一度王を、そしてその隣の女性に目を向ける。

 女性は外行そとゆきの聖女の衣装を身に纏っている。


 私は王が次に紡ぐ言葉を頭の中で暗唱した。


「ワシを、この国をあざむき、危機におとしめようとした罪は重い! よって、お前を追放とする!!」


 一字一句間違いなく、王は私が頭の中で言った言葉と同じ言葉を口にした。

 だけど、それだけでは私は確信を持つことは出来ずにいた。


 王に追放を告げられ、私は国外へと運ばれる様だ。

 今着ている服装のまま、移送の荷台に乗せられる。


 その道中、私は必死に景色を見ていた。

 そして、流れていく景色が、あの日夢に見た景色と全く同じだと気付くまでに長くはいらなかった。


「ここで降りろ。これでお前は追放された。生きようが死のうが知ったことじゃないが、この国に二度と足を踏み入れることまかりならん」


 そう言われ、私は一人荒野に降り立った。

 その荒野の景色にも見覚えがあった。


「まぁ! なんて素敵なの! 夢が現実になるなんて!!」


 私は誰もいない荒野で一人、喜びを噛み締めていた。

 そして、記憶を頼りに歩を進める。


 しばらくすると、金色に輝く毛玉が目に入ってきた。

 私は焦る気持ちを抑えて、そこへ向かう。


 記憶通りに足を治療してあげ、頬を舐められている最中に、私は腕に抱いた愛しい獣にこう告げた。


「あなたはメアよ。さあ、私と素敵な冒険に旅立ちましょう」

「キュイ!」


「うふふ。いい子ね。そして、今度こそ、あの人にこの想いを告げないと。今度はこの夢から目覚めることがないから大丈夫よ」


 私はこの旅の先、ルーランに出会い共に過ごす時間が待ち遠しくてならなかった。

 貴方のことをよく知っていると言ったらどんな顔をするだろうかと想像したら、可笑しくて仕方がなかった。


 そしてルーランとまだ見ぬ夢の先、この想いを告げた先の事を思うと顔が火照ほてった。

 空を見上げると、あの日と同じように熱い日差しが照りつけていた。

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