Lux.7 別れと再会【完】

 不思議な穏やかさを持つ彼の瞳だ。その瞳がゆっくり瞼(まぶた)に隠されると、しだいにクエラの身体そのものが虹色の光を放ちはじめる。


「ジェリス先生に会いにいくの?」と、彼女は聞いてみる。


 クエラは頷いた。「その昔、僕たちは一緒に星を探していました。けれど先に僕がジェリスの元から旅立ってしまって……。でも、いつの日かまた再会できるだろうと思い、ずっとこの星で彼女を待っていたんです。でも気付いたらジェリスはこことは別の星に行ってしまったんです」


 クエラは小さく笑ってみせた。彼女も思わず笑ってしまう。そう言えば、ジェリスの夫の名がクエラだったのだ。有名な天文学者だったが、ファミリーネームの方が有名だったので気付かなかった。たしか、事務室に写真がある。


 クエラの光がより強く輝きだした。目を開けていられないほど眩しいが、長くは続かない儚(はかな)さがある。本能的に彼女は〈魔法使いの分光器〉を望遠鏡につなぎ、それをクエラへと向けた。それは本来の分光器の使い方を逆転させたものだ。クエラの光は観測室いっぱいに広がったあと――


「彼女を見つけてくれて、本当にありがとうございます」


 そう言葉を残して、光は〈魔法使いの分光器〉に吸い込まれ、一本の細い光となって望遠鏡から放たれた。あたたかい衝撃波が、周囲の木々を揺らす。観測室にいつもの明かりが戻り、ポカンと取り残された彼女を静寂が包みこんだ。


(……夢でも、みていたのかな)


 つい今しがたのできごとが信じられないまま、彼女は少しボーっとした様子で事務室へと向かった。書類や参考書だらけの部屋の一角に、星を模したビーズが煌めく写真フレームがある。そこには、高齢夫婦の写真が飾られていた。共に寄り添い、穏やかな笑顔の夫婦だ。そのフレームを手に外へ出ると、白く眩しい光が広がった。またなにか不思議なことが起こったのかと思ったが、それは純粋にこの世界が朝を迎えていたがゆえの光だった。気を取り直して、彼女はジェリスの墓の前まで歩き、しゃがみ込んだ。


「先生。ご主人が会いに来てくれましたよ。いま、先生を追ってそちらへ向かっています」


 そしてフレームから写真を引き抜いてお墓に添えようとした彼女だったが――その中にはもう一枚、古い写真が重ねて収められていた。見覚えのある少年クエラと、面影のある少女ジェリスが、二人で手を繋いでダンスをしている写真だ。


(こんな写真が隠されていたなんて)


 なにかの社交界だろうか。もしかして、二人がはじめて出会った日のものだろうか。いろいろな想像を膨らませながら彼女は写真を添えて頬杖を付き、しばらく二人について思いを馳(は)せた。



 そしてその日の夜、彼女は事務室のソファで目を覚ました。


 彼女にとって、夜は朝だ。あくびをしながら身体を起こして、観測室へ向かう。望遠鏡の支柱をコンコンと叩いて「ほら起きて。仕事だよ」と語り掛ける。


 昨日の不思議なできごとは、一睡とともに夢のような感触の記憶になっていた。いや、もしかしたら本当に夢だったのかもしれない。


 スマートフォンが鳴る。また某所からだ。きっとなにか面倒くさい仕事の依頼だろうと億劫な気分になった。しかし電話の内容を聞いた彼女は驚いて、急いでパソコンに送られたデータをチェックする。


(信じられない……!)


 なんと惑星ジェリスは、二つの同じサイズの星がお互いの周りをぐるぐる回っている〝連星〟であることがわかったのだ。パソコンに、そのおぼろげな写真が表示される。


(なるほど。これによって、初期のスペクトルがクエラのスペクトルを内包していた原因がはっきりしたわけだ)


 連星状態の惑星は非常に珍しい。地球と月のように同じサイズの星がお互いの重力でお互いを引っ張り合って、ダンスを踊っているのだ。それはまるで、写真に残る子供の頃のジェリスとクエラそのままの姿のように――


(一緒になることができたんだね)


 星となって再会することができた二人の姿に、思わず彼女の瞳から涙が溢れ、流星のような弧を描きながら頬を伝う。彼女は望遠鏡でその星を探し、〈魔法使いの分光器〉に光を通すと、観測室に二人の虹色を投射した。


 新惑星の命名権は彼女にある。

 もちろん彼女は、その星の名前をすでに決めていた。




 ジェリスとクエラが、幸せそうに踊っている。





 魔法使いの分光器 END

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魔法使いの分光器 丸山弌 @hasyme

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