第2話 車内の会話

「いやあ! 本当に助かりました。ガス欠なんて、コメディ映画だけで起こるものだと思ってましたから。これからは気を付けないと」


 諸星は助手席に座りながら、そんなことを話し始めた。


「これくらいのこと当然ですよ」


 吉田はそう答えたが、刑事が横に座っているせいで気が気でなかった。動揺を隠すためにわざと話しかける。


「刑事さん。一体どういう事件なんです?」


「詳しいことは分かってないんですがね。どうも、あのボヤ騒ぎのところで事件があったみたいなんですよ。ナイフでブスッっとあったらしいんです」


そう言って、諸星はナイフを構えるポーズをとった。


「死んだのは誰なのかわかっていないのかね?」


 そういうと諸星は少し黙ってしまった。詳しく話していいのか考えているようだ。そして、顔をこちらに向けて、こう答えた。


「二十ぐらいの男性らしいんですがそれ以上は分かりません。」


「そうですか」


 再び沈黙が訪れる。目標のアパートはすぐそこだった。刑事の方を再び見ると、彼は後部座席の方を見ていた。


「どうしたんですか?」


「いや、いい匂いがすると思ったもんだから。あれはコーヒーですか?」


 どうやら、先ほど五十畑の家に持っていったコーヒーのことを話しているようだ。先ほどの犯行の後、後部座席に置きっぱなしになっていた。刑事に触られるとまずいことになるかもしれない。そう思ってとっさに話しかける。


「ああ、そうだ」


「でも、二つあるのはなぜです?」


「会社に行く途中だったんでね。私と秘書のために買ったんだよ」


と、我ながらうまく返答した。


「そうなんですか。確かに朝にはコーヒーが一番ですよね。だが、お恥ずかしながら、私は砂糖をたっぷり入れないと飲めない人間でしてね。」


 と刑事は苦笑いをしながら言った。そんな会話をしているとアパートの近くの角まで来た。電気工事があったことを思い出して、前の角で曲がる。


 アパートの前の通りは野次馬でいっぱいになっていた。諸星は


「ここでいいです。本当にありがとうございました」


 と言った。そして、こちらに手を差し出す。握手の応じて、「どういたしまして」と答えると、諸星は扉を開けて車から出ようとする。だが、すぐに振り返って、こちらに質問をしてきた。


「でも、どうして一つ目の角で曲がったんですか?」


「それは……」


 と答えようと、電線を見た時だった。先ほどまでいた高所作業車と作業員が見えなくなっていたのだ。この事件が起こって、一時移動したのだろう。だが、刑事が車に乗り込んできて動揺したのか、つい先ほどと同じ道順で進んでしまった。


「いや、この辺に不慣れでね。すまなかった」


「そうでしたか。いやいや気になって聞いただけでして……気にしないでください。今日は本当にありがとうございました」


 と諸星は言って、車から降りた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

諸星警部補の事件簿 神里みかん @geden

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ