12 死にかけくるると天使なゆたかと頭のおかしいくららちゃん
ヤバイヤバイヤバイ、心臓が暴れて肺が痛い。
「おえっ、吐きそう、ってか吐く……」
「くるるー、大丈夫?」
四つん這いで首を垂れる私の背中を、ゆたかが心配げな表情でさすってくれる。
ああああ、疲労困憊の全身が癒されていきます……。
一方くららちゃんは、そのすぐそばで、不審な笑いを漏らしていた。
「姉さんの吐瀉物……ふへへへ、まだですか、まだですか」
おい、なんかやばいやつがいるぞ。
これだよ、これがゆたかとの圧倒的な差だよ。
そういうところだぞ! 少しはゆたかを見習いなさい! というかお外なんだから自重なさい!
瞳を潤ませて私を心配するゆたか。
じゅるじゅるとよだれを啜るくららちゃん。
息を切らせて悶えながら必死に呼吸をする私。
そして、少し離れた場所で立ち尽くし、私たちに困惑の視線を送る見たことのない女の子。
「ゆ、ゆたか……」
ゆたかの名前を呼び、片手をあげる。ゆたかがその手を取って、両手で優しく包み込んでくれた。
「どうしたの?」
「さ、最期にゆたかのぎゅーが欲しい……」
すると、なぜかくららちゃんが可笑しそうに笑い出す。
「なに、姉さん死ぬの?」
「本当に死にそう……おえ」
「ちょっと走っただけで、どんだけ体力ないのよ」
お腹を抱えて笑うくららちゃんを横目に、ゆたかは依然心配げに眉を下げながら、私の身体をゆっくりと起こした。
「くるる死なないで」
「ごめんよ、ゆたか。あの約束、守れそうにないよ……」
ゆたかが首を横に振り、私の身体を優しく抱きしめた。
あっ……回復する、体力がみるみる回復するぞ。
「何この茶番」
さっきまで笑っていたくららちゃんが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
ゆたかの体温を感じつつ、くららちゃんに顔を向ける。
「で、結局さっきの電話は何だったのよ。『ゆたかさんが大変なんです!』って必死な声で言うから家から飛び出してきたのに」
そう、学校から帰った直後に、くららちゃんからそういう入電があったのだ。
だから私は猛ダッシュで駆けつけたわけで、なにぶん体力が皆無の私は、この公園に着いた頃にはグロッキー状態だったというわけだ。
「だってほら、ゆたかさんをよく見てよ。私の体操着を着ちゃって、返してくれないの」
「はあ?」
そんなわけ、って本当だ。
私を抱きしめるゆたかは、制服の上から何故か中学の体操着を着ていた。
「こらゆたか、何やってるの」
「んあ、えへへ、似合う?」
「うん、かわいい」
かなりブカブカなのが可愛いことこの上ない。
つまりくららちゃんも、この体操着を着ればこんな感じなのか。
「そうじゃなくて、ゆたかさん早く返してください!」
くららちゃんが私達に詰め寄り、手を伸ばした。
しかし、ゆたかは身体を丸めて抵抗する。
「あー! ゆたかの体操服なんだけどー!」
「なんでですか、私のものです! 私が姉さんから譲り受けたんです!」
「さっきは快く貸してくれたくせに!」
「ゆたかさんが神妙な顔で貸してって言うから……っていうか少しだけって話でしたし」
「はー、何かと思えば、アホらし」
おっと、思わず口走ってしまった。
くららちゃんが一旦諦め、ゆたかから手を引く。
「というかそれ、もはや私が何回も着てるんですけど。姉さん成分ほぼないですよ。ゆたかさんはそれでいいんですか?」
くららちゃんの問いに、ゆたかは体操着の胸元を鼻まで伸ばし、すうっと息を吸った。
「うーん、久々流家の洗剤の匂いと、くららの匂い。くららの、なんか甘い匂い。確かにくるる特有の匂いはしないかも」
「うっ……や、やめてくれませんか、恥ずかしい」
くららちゃんが目を泳がせ、気恥ずかしそうにもじもじとする。
この子、自分がされるとこんな反応をするのか。なるほどね。
しかしこの光景、ふふ、なんだか胸の高鳴りを感じますわね。
「じゃあ返すね」
「もう、最初からそうしてください」
「くるるの体操服だと思ったらつい。ごめんね」
「ま、気持ちはよーく分かるので別にいいですけど」
ゆたかが体操着を脱ぎ、それをくららちゃんに手渡す。
くららちゃんはとりあえずといった具合に実に自然に、返ってきた体操着の匂いを嗅いでいた。
「私の匂いする?」
「んー、若干残り香が」
「くんくん、んー? わからん」
「ゆたかさんの制服の柔軟剤ですよ。ほら」
そんなやりとりをして、ゆたかの襟元に鼻を寄せるくららちゃんと、首をすくめるゆたか。
いいね、もうずっとそうしていなさいよ。視覚からめちゃくちゃ癒されるわ。
ところで、ずっと気になっていたことがある。
私はその気になる方にちらと目を向けてから、
「ところで、そこの女の子はくららちゃんのお友達?」
とくららちゃんに尋ねた。
そう、私がここに駆けつけたときからずっと立ち尽くしてこちらを見ている知らない女の子のことだ。
中学の制服を着て、かばんを両腕で抱きしめるように持っている。
身長は私よりも大きそう。百六十センチはありそうだ。
しかしすくめた肩が、なんだか彼女を弱々しく小さくみせる。
くららちゃんは背後の女の子を振り返ると、小首をかしげ、困ったという顔をした。
「私たちって友達なの?」
おいおい、その質問はちょっと酷くない?
ほら、女の子が目を潤ませてるよ。
しかしあれだ、体格は大きいはずなのに、小動物のような印象を受けてしまう。
女の子が恐る恐る口を開く。
「えっと、と、友達……だったら嬉しいな」
おお、声もか細く消え入りそう。
なんか、なんだ、この子かわいいな。
「そういうことで、友達でクラスメイトの
「二見さんね。私はくららちゃんの姉です。妹と仲良くしてあげてね」
「あ、えと、
丁寧に深々と頭を下げる二見さんに、何故かゆたかが歩み寄り、顔を見上げた。
そして、肩をポンポンと二度叩いた。
「大変だろうけど、頑張ってね」
「ゆたかさん、それはどういう意味ですか」
「だって、くららって当たり強いし、ちょっと変態だし」
ちょっとどころじゃないけどね!
「二見さんの前でやめてください」
「ほんとのことだもーん」
ふたりの会話に、二見さんが困惑の表情を浮かべる。
「あ、えと……へ、へんたいだったんだ」
「やめて、違うから」
違わないから。
しかしまあ、くららちゃんにも普通に友達ができているようで何よりだ。姉としては安心というかなんというか。
その後、ゆたかと二見さんと公園で別れ、くららちゃんと二人揃って帰宅した。
瞬間、くららちゃんが私に肩を寄せてきた。
ねっとりとした視線が、私に絡まってくる。
「私ね、さっきから我慢してたの。姉さん、頑張って走ったからかなり汗かいてたよね?」
そんなことを言ってくるくららちゃんを冷ややかに見下ろし、私は彼女を引き剥がして靴を脱いだ。
「さて、お風呂に入ってこよう」
「あっ酷い! じゃあ私も入る!」
「却下」
「却下を却下!」
くららちゃんが鬱陶しくまとわりつく。
その際にも彼女は、さりげなくクンクンと身体のあちこちを嗅いでくるのだが、なんだかもうこれくらいなら慣れてしまって、放っておいた方が疲れなくて済む。
はあ、私の感覚もズレてきている気がする。
どうしたものか、甚だ困り物だ。
「汗まみれの姉さんをカプセルに入れて一生保存したいです」
「がんばれー」
「姉さん姉さん! 汗をかいた姉さんの肌着ください、着たいです!」
「それ三十秒で今日の十五分とみなすけど」
「三十秒もいいんですか! 是非に!」
いいのかよ。
陰でコソコソヤられるよりはマシ。陰でコソコソヤられるよりはマシ。
というわけで今日は特別に、脱衣所で事を済ませることにした。
宣言通り私の肌着を身につけた彼女は、
「ああああ、何これ何これ何これしゅごい全身がイっ……」
とか言いながら、全身を震わせて愉しんでましたとさ。
……私は一体何を見せられているんだ。
久々流姉妹の秘密の日課〜冷たい義理の妹が、極度の匂いフェチだった〜 やまめ亥留鹿 @s214qa29y
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。久々流姉妹の秘密の日課〜冷たい義理の妹が、極度の匂いフェチだった〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます