11 ロリコン疑惑

 さて、本日の義妹に捧げる十五分。

 

「姉さん、今日は貴重な時間を使って、耳掃除をしてあげます」


 くららちゃんが綿棒を指先でつまんでそう言った。

 

「魂胆が丸見えすぎて……正気?」

「失礼な言い草ですね。私は姉さんのお世話をしたいだけなんです。年上の割りかししっかりしたお姉さんの身繕いをしてあげるだなんて、なんだかゾクゾクしませんか? 私はゾクゾクします」


「ごめん、イヤ」

「拒否権はありません。あとさりげなく始める前からタイマーを押さないでください」


 机の上に置いていたタイマーに手を伸ばして、くららちゃんがボタンを押す。

 無情にも、タイマーがリセットされる。


「まったく、わがままですね。じゃあ爪切りにしますか?」

「手? それとも足?」

「どっちもです」

「却下」

「じゃあ歯磨きにしますか?」

「なぜハードルを上げていくのか」


 そういえばこの子、中学二年生だったよなあ。

 匂いフェチという性癖は百歩譲っていいとしても、ちょっと拗らせすぎじゃないですかねえ。

 何がこの子をこんな風にさせたのか。甚だ疑問だ。


 彼女の幼いながらも端正な顔を眺めて考える。

 私のおさがりの制服のせいで「一鼻惚れしました」とか何とかいっていたが、そこで発症したのだろうか。

 こんな可愛らしい見た目をしていても、中身がこれじゃあなあ……。


 はあ、割とどうでもいいからもういいや、考えるのをやめよう。


「じゃあ耳かき、さっさとして」

「なんか失礼なこと考えてませんでした?」


 くららちゃんのジト目が私を責めてくる。


「別に、くららちゃんは可愛いなあって思ってただけだよ」


 目を逸らしてわざと棒読みで答えると、くららちゃんは一瞬真顔になり、すぐにテレテレと顔をほころばせた。


「ふへへ、照れますねえ」

「おー、照れるくららちゃんも可愛い可愛い」

「……なんて騙されるわけないでしょ!」


 チッ、ゆたかみたいにちょろくはなかったか。

 まあ、むしろ、私は、ゆたかの、単純なところも大好きだけどね! そこがまた愛らしいんだ。


「はっ、姉さんの頭の中にゆたかさんの気配が!」

「あなたすごいのね。エスパーなの?」

「最近姉さんとゆたかさんの甘々気配を察知した時に、脳内に砂糖によく似た物質が分泌されるんですね、それでわかるわけですね」


 得意げな顔で何を言ってるんだこの子は。

 

「ほら、するならさっさとしなさい」


 呆れて日課の行為を促す。

 くららちゃんは不満そうに頬を膨らませ、私の背後のベッドを指さした。


「じゃあベッドに移動してください。膝枕してあげますので」

「……あげるって何よ」


 引っかかった発言を指摘すると、くららちゃんは右手で口を覆い、わざとらしく驚いてみせた。


「え、ロリコンの姉さんからしたら、外見が小学生みたいな私に膝枕してもらえるってご褒美なのでは」

「ロリコンじゃない、断じて!」


 ……。いや本当ですよ、私はロリコンじゃないですよ。本当ですよ。……本当ですよ!


「百合で、ロリコンで……趣が深いですね」

「趣も何もないわよ馬鹿じゃないの」


「でも、いっつもゆたかさんのこと愛らしい愛らしいって言ってますよね」

「それはれっきとした事実ですから」


「ゆたかさんって身長百四十センチくらいじゃないですか。おまけにあの性格と言動で……それを愛らしい愛らしいってハァハァしながら言ってたら、はたから見たら立派に気持ちの悪いロリコンですよ」

「ハァハァなんてしてませんけど!」


 あとあなたにだけは気持ち悪いって言われたくないです!


 ……えっ、もしかして自覚してないだけで私ってそんな感じ? それはアレだ、ヤバいやつだ。


「姉さんはロリコンですね?」

「違います。その証拠に!」


 くららちゃんに向けて、人差し指を突きつける。


「私はくららちゃんに何をされても嬉しく思わないでしょうが!」

「なッ……た、確かに!」


 納得しちゃったよこの子。それでいいのか。

 くららちゃんが腕を組み、むむむと唸り声を出した。


「小学生みたいな見た目はアドバンテージだと思ってたのに。大誤算です」

「いや、もしそうだとしてもゆたかがいる限りくららちゃんに出番はないから安心しなさい」

「これがロリコンの純愛か……って何気に酷い言い草ですね」


 ため息をつきながら、くららちゃんはおもむろに手を伸ばして自らタイマーを押した。


「さ、姉さん、ベッドに移動してください。ゆたかさんに一途な姉さんを一時的に私の思うままにできる時間ですよ」

「言い方!」

「ぷーくすくす、年下の中学生に丸め込まれて好き勝手やられてやんのー。大好きなゆたかさんに見られたら大変ですねー」


 コイツ、挑発する口調が板についてるな、腹が立ってきたぞ。

 ベッドに腰をかけ、私を見下ろす彼女を横目で見やる。


「ほら、するなら早くして」

「姉さんったら早くしてだなんて、私のことも大好きなんじゃないですかー」

「うっざ」

「お口悪いですよー」


 ニコニコしながら、くららちゃんが四つん這いでベッドにあがり、正座をした。

 そして、自分の太ももをポンポンと叩いた。


「ほら姉さん、妹の膝枕ですよ。おいでおいで」


 ベッドに横になり、渋々と頭を乗せる。

 くららちゃんの小さな手が、そっと頭を撫でてきた。


「ふふふ、なんだか姉さん可愛いです」

「はいはい」

「私の膝枕、どうですか?」

「おーおー、高級な枕ですこと」

「ふーん、じゃあ横を向いてくださいね」


 無言で身体を動かし、顔をくららちゃんの膝の方に向ける。

 すると、くららちゃんが私の頭をつかみ、無理やりに反対を向かせようとした。


「こっちです。お腹の方を向いてください」

「ちょっ、首折れる!」

「ほら早くー」

「はあもう、わかったから」


 仕方なく身体を回転させる。

 くららちゃんの脚の付け根からお腹が視界に入る。

 すると、


「ほら、もっとこっちに寄せて」


 くららちゃんの手によって、鼻先が脚の付け根に届くくらいの深い位置に頭を移動させられた。

 

「くふふふ、姉さんのお顔がこんなところに……ドキドキしてきました」


 よし、何も考えないぞ。目の前のすぐそこがくららちゃんのアレでアレだとかなにも考えないぞ。

 くららちゃんの履いているこのパジャマ、生地が薄いなあ。

 頬にくららちゃんの太ももの熱が……なんて考えないぞ。


「姉さんもしかして今、私のそこ、クンクンしてますか? ふへへ、興奮しちゃいます。もっと必死にクンクンしてくださいね」

「ごめん、くららちゃんと一緒にしないで」


 ふう、くららちゃんのおかげで冷静になれたぞ。

 なんか甘い香りが鼻腔を満たすなあとか、考えたら負けだからな!


 まだ大丈夫、まだ大丈夫。

 というか、くららちゃんの耳かき意外と心地が良いなあ。


 そうして、悶々と色々なことを考えているうちに、


「はい、終わりましたよ」


 くららちゃんの声で我に返ったのだった。


「あ、終わった?」

「はい。では早速、この綿棒で採取した姉さんのお耳の中の匂いを」

「やっぱりかお前!」


 恍惚とした表情で綿棒の先を鼻に近づけるくららちゃんを、すんでのところで制止する。

 危ない、私の中の何か大事なものを目の前で奪われるところだった。


「どうして止めるんですか!」

「いやさすがに了見なりませんわ」

「そんなことするんでしたら、直接嗅いでもいいんですよ? 姉さんのお耳に鼻を押しつけて……」

「こわい! あなたやっぱり無理だわ!」


 ベッドから飛び降りた時、丁度タイマーが鳴り始めた。

 

「はいおしまい! 綿棒没収!」


 無理やりにくららちゃんの手から綿棒を奪う。

 くららちゃんは悔しそうに下唇を噛みしめ、


「ぐぬぬぬぬ、最初に無駄な会話をしなければ……」


 と漏らした。

 かと思うと、一転してニヤニヤと頬を緩めるのだった。


「まあ実は、姉さんが私の下腹部に顔を埋めてハァハァしている間、何度か先にヤっちゃってたんですけどね。当然ですよ」


 なるほど、確かにそれもそうだ。

 っていやいや、納得するところじゃないな。

 あとハァハァしてないし。


「ふふふ、圧倒的な私の勝ちです!」

「あーはいはい、さっさと部屋から出て行ってくれませんかねえ」


 手で追い払う仕草をすると、くららちゃんは子犬のようにすり寄ってきた。

 

「うー、そんなに酷いこと言わないでくださいよー。姉さんさえよければもっと膝枕してあげますよ」

「やかましい、いらんわ」


 こうして、本日の日課も終わりを迎えた。


 そういえば、ゆたかに膝枕をしたことは幾度となくあるが、してもらったことはなかったなあ。

 ……今度、してもらおうかな。

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