10 ゆたかの方が好き
学校帰り、ゆたかとのんびり歩いていると、くららちゃんにばったり出くわした。
というよりも、明らかにくららちゃんが待ち伏せしていたのだが。
彼女は「あ、姉さん……と、ゆたかさん。偶然ですね」などと演技臭く言っていた。
「姉さん。私とゆたかさん、どっちの方が好きなの?」
唐突に、くららちゃんがいまいち読み取りづらい表情をして尋ねてきた。
くららちゃんの隣で、ゆたかが首を縦に何度も振る。
「どっちの方がって……そりゃあ、ゆたかに決まってるわ」
一切の迷いなく答える。
ゆたかが目を輝かせ、満面に笑みを浮かべた。
「くるるー……好きぃ……」
そう言って私を見上げ、背伸びをした。
ゆたかの頭を撫でていると、腕組みをして明後日の方向を向いたくららちゃんがボソリとこぼす。
「チッ、甘々空間に浸されて糖尿病になりそう。糖分摂取過多だよ、ウンザリだ」
「なんだそれ」
思わず笑ってしまう。
くららちゃんが私に顔を向け、キッと睨み据える。
「胸やけする」
「なに、ヤキモチ? もっと可愛らしく妬いて頂戴」
「ふん、どうせ私はゆたかさんみたいに可愛くないですよーだ」
「ほんとにね」
「チッ、お情けの否定もなしか」
「自業自得よ」
「……ゆたかさんも何か言ってください」
ゆたかはというと、いつの間にか私の腰に巻き付いて、胸に顔をうずめていた。
顔を横に向け、ゆたかがため息をつく。
「はあ、またゆたかが完全勝利してしまった」
「うざ」
「くららはその態度やめたらいいのに。くるるはそういうのあんまり好きじゃないよ。くるるは寒がりだからね」
「これは私の鉄壁の装甲なんです。こうでもしないと社会的に死にますからね。それは姉さんも分かってくれているはずですからいいんです」
「意味わかんない」
ゆたかがまた、私の胸に顔をうずめる。
いやまあ、くららちゃんの言うことはまったくもってその通りで、一切の否定の余地がない。
ド変態モードのくららちゃんがお外で発動するなんてとんでもないからね。
それを考えると、こうやってツンケンされていた方がずっとマシなのかもしれない。
くららちゃんが私とゆたかを横目でちらと見遣り、小首をかしげた。
「ところで、姉さんとゆたかさんって付き合ってるの?」
その質問に、ゆたかがピンと背筋を張り、私からそっと離れた。なぜか目を丸くして、宙に視線を泳がせる。
「そ、そういうのは、ぷ、ぷらいばしーとかがどうのこうので、ひ、秘密の尊重とかがうんぬんかんぬんだから……」
見るからに動揺して、声を震わせるゆたか。
その返答に、くららちゃんは眉根を寄せた。
「は、意味がわからないんですけど」
「けけけけどはゆたかのなんですけど!」
「何をそんなに焦ってるんですか?」
本当に、お顔を真っ赤にして可愛いわ。
「ゆたかさんじゃ話にならないので、姉さんからどうぞ」
おや、こっちに来たよ。
どうしたものか、何と応えるのが正解か。
ゆたかの熱い視線とくららちゃんの冷めた視線が同時に注がれてくる。
なんだこの、ものすごく居た堪れない時間は。
少しの間思考を巡らせ、慎重に口を開く。
「付き合ってる、とかはないかな」
くららちゃんが口をへの字に曲げ、渋い顔をする。
「とかって何」
「いやまあ……それ以上は秘密かな」
「ねえ?」とゆたかに視線を送る。
ゆたかはコクコクと何度も首を縦に振り、同意を示した。
「そう、秘密、ちょー秘密」
「ふうん……怪しい秘密の関係か……」
くららちゃんに凝視され、ゆたかがソワソワとする。
この件についてひとつはっきりと言えることは、「ゆたかからの恋愛的好意を私自身がちゃんと把握していて、そのこと自体はゆたかにも伝えている」ということだ。
日の暮れ始めた空を仰ぎ、私は半ば意識的にため息をついた。
夜、私はくららちゃんに流されるまま、着ているシャツの裾をたくし上げ、腹部を露わにしていた。
椅子に座る私に、膝立ちで向き合うくららちゃん。
私のお腹を這うように、彼女の細い指先が撫で回してくる。
「うひひひ、姉さんの腰回りって程よい肉感で最高ですね。えっちです」
「おいこら、なんかコレ違くない?」
「違わないですよー」
そう言って、変質的な笑いを漏らしながら尚も執拗にお腹を触りつづける。
いや、やっぱりこれはおかしいよね。ただのセクハラになってるもの。
さすがに辛抱ならず、くららちゃんの頭に手刀を振り落とした。
くららちゃんは「いだっ」と声を漏らし、体勢を崩して床に手をついた。
「いい加減になさい」
「むう、姉さんも乗り気だったくせに」
「んなわけないでしょうが、いつもの調子でついやっちゃっただけよ」
「ふーん、どうだか」
くららちゃんが不満げに唇を尖らせる。
その表情のまま、すっくと腰をあげ、ベッドにダイブした。
「残りの時間は枕でいいですよーだ」
枕に顔をうずめ、拗ねた調子のくぐもった声を出す。
「ゆたかさんには平気でやらせてるくせに」
「いや、あんなことはやらせてないわ」
「ゆたかさんはいっつも時間無制限でハグハグクンカクンカできていいなー、あー羨ましい」
文句を垂れながら、くららちゃんの息遣いがだんだんと深く激しくなってくる。
もぞもぞと身体をくねらせ、枕の匂いを必死に嗅いでいる。
私は机に片肘をついて、その様子を黙って見つめる。
「どうせゆたかさんには敵いませんよーだ……姉さんのばか……はあ、姉さん……んんん、姉さん……姉さん好き、姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん」
「こわ」
し、幸せそうで宜しいのではないでしょうかね、はい。
「アブノーマルも良いですけど、やっぱり王道には王道たる所以がありますね……姉さんがいっぱい染み込んでますぅうへへ、しゃわせぇ……」
……なるほど、彼女の趣味趣向として枕は王道らしい。よくわらないが。
その後も時間いっぱいまで、くららちゃんは言葉通りすごく幸せそうに枕に顔を擦り付けていたのだった。
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