S/NO/S

五月 病

第1話

今日、SNSで焼身自殺している人間の映像を見た。

人が多く行き来する交差点のど真ん中だった。


さっきまで平然と歩いている人が、交差点中央で立ち止まり、行き交う人の陰に隠れた瞬間、いきなり火に包まれた。


人々はその異変を感知するやいなや脱兎のごとく向かいの歩道まで駆け抜けていった。


その間も人は燃えている。


横断歩道の信号が赤になり、車がまた動き出す。


炎を器用に避けて車を進める。

何十台もの車は止まることなく、忙しなく過ぎ去っていった。


私は、画面越しにその姿を黙ってみていた。


コメントを除いたら、多くの人たちが争っていた。

内容は、誰一人助けようとしなかったことに対する非難と称賛の対立だった。


「目の前で人が死にかけているのに誰も助けようとしないのは屑だ」

「素人が助けに言ったところで邪魔でしかない、警察や救急車の邪魔にならないように近づかなかったことこそが正解だろ」

「人間が腐ってる。ホント人が冷たい」

「いや、自分が巻き込まれるかもしれんし、ワザワザ二次被害に遭いにいくやつが害悪」


そんな言葉を見て私は何が正しいのか分からなくなった。

だから、自分のことに置き換えて考えてみることにする。


例えば、例えばの話だ。


例えば、私に大切な友達がいるとしよう。


小学生からの友達で、高校では三年間同じクラス。


仮に優子ちゃんとする。


優子ちゃんは成績は優秀な方で、部活は吹奏楽部、クラリネットの演奏がとてもきれいだった。顔は、私よりもちょっと綺麗より。私基準ではいまいち説明しにくいな、朝ドラ女優顔をしているなんて表現をすればいいのかもしれない。

声音はしっかりしていて、長い黒髪がとても羨ましく思う。

好きな食べ物は、バームクーヘン。そこらの専門店とかのじゃなくて、普通のスーパーに売られている一口サイズに小さくカットされて袋入りになったやつ。

嫌いなものはピーマン。これは私の主観的な予想だ。

給食で私にだけピーマン多めにしていたからおそらくそうだと思う。

好きな教科は数学。嫌いな教科は世界史。

体育だけは私の方が上だけど、かくれんぼは昔から勝てない。

普段は優しいが、私に勉強を教えるときだけは怖い。本当に怖い。


うん。こんな感じ。


そう。こんな感じの優子ちゃんが、私の目の前で焼身自殺した。


場所は東京のスクランブル交差点。


いきなりだった。


電話に出るから、ちょっと先に行っててと言われて歩道を渡たりきった直ぐ後の話だった。


目の前で、優子ちゃんは燃えた。


私は、こんな時、直ぐに駆け出して具体的なことは言えないが、何かできると思っていた.


何もできなかった。


頭が混乱した。まず初めにあんなにも鮮明だった景色がすぐに崩れ去って、これが夢なんだと思った。次に周囲の喧騒がより一層強まって、人の波が一度によし押せたときに、これが現実なんだと気づいた。


涙が出る前に、私は走った。でも、波はそれを許さなかった。


多くの人にぶつかり、多くの人に流された。


私はこれほど人が怖いと思ったことはなかった。

私はこれほど自分が無力だと思ったことはなかった。


優子ちゃんが何か大きな声で叫んでいる。


さっきまで楽しく笑っていたはずの優子ちゃんが、

さっきまで楽しく話していたはずの優子ちゃんが、


ヒトの言葉とは思えない叫びで、嗤っている。


どんと、正面からぶつかった30代くらいの女の人が私の顔をみて何を察したのか、腕を引っ張り、歩道へ連れ戻す。


やめてほしい。


私は腕を振りほどこうとしたが、力が上手く入らない。

もがくだけで、まるで意味がなかった。


いつの間にか、優子ちゃんの周りはアスファルトの景色だけが残っていた。


赤が踊っていた。


私は、死ぬかと思うほど失われていく体内の血を感じながら、女の人の腕をめいいっぱい振りほどく。

自分でも驚くほどの力がでた。

女性はまた私を掴もうとしたが、その前に私は走り出していた。


私は優子ちゃんよりも足が速い。小さい頃から二人で遊んでいたからだろうか。


女性が私を掴み損ねると何かを叫んだ。


すると、目の前の大きな男性が、ふと振り返り、私の前に手をかざした。

突然出されたその手に私は止まることも交わすこともできずに、ぶつかっていく。


「私の友達なんです!」


そう叫んだような気がする。


「落ち着け!」


男性の怒気の篭った声に、私は足がすくんでしまう。


そのとき、信号が変わった。


車が、列を為して器用に優子ちゃんを避けながら走っていく。


私は、全身から力が抜けていくのを人生で初めて感じた。


何もできなかった。


そうだ、救急車。


震える指でスマートフォンのキーボードを押していく。





スリーコールの後に、アナウンス染みた定型文と、落ち着いた女性の声が聞こえる。


ああだ、こうだ、と、かすれた声で言う。


上手く、言葉を紡げたような気がしない。


通話終了の後に、携帯の画面が静かに黒く消えていく。


数分後に、救急車のサイレンが聞こえた。


運ばれていく優子ちゃん。


運ばれていく優子ちゃん。


運ばれていく優子ちゃん。


ヒトは、雑踏を掻き分けて、また、当たり前の日常に戻っていく。


私は、ふらつきながら、路地の片隅で座り込んだ。


泣いて、泣いて。


そして、目が赤く腫れあがるほど泣いて、SNSを見た。


一位 東京都トレンド 焼身自殺


ふざけるな。何が、迷惑だ。


ふざけるな。何が、助けることができなくて残念だ。


ふざけるな。何が、助けに行かないのが正解だ。


ふざけるな。何が、救急車早くだ。


ふざけるな。何が、可愛そうだ。


ふざけるな。何が、人が冷たいだ。


ふざけるな。何が、最悪だ。


ふざけるな。何が、キモイだ。


ふざけるな。何が、偽善だ。


ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。


私は、優子ちゃんの何を知っていたのだろう。

お前らは、優子ちゃんの何を知っているんだ。

優子ちゃんは何を思って、何を知って、死んだんだ。


私は、SNSを怒りのままにアンインストールした。


ここまでが、例えば、焼死自殺した人が私の友人だったとしたときの話だ。


私はおそらく一年ほどSNSを離れ、ふとしたきっかけでまたSNSを何事も無かったかのように使い始めるだろう。


まぁ、その程度だ。


じゃあ、もし、これが全く私の知らない人間が焼死体になったとしよう。


私は、いったいどんな行動をとるのだろうか。甚だ気になる。

ではいこう。


例えば、例えばの話だ。


例えば、私が学校帰りにスクランブル交差点を渡ったとしよう、そして渡り終えたとする。


何か急に辺りの人が騒がしく歩道を渡り切り始めた。


何だろう。


ま、いいか。


私は今日も元気に生きている。


何も知らないまま。

誰も知らないまま。

































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