第32話 真実の島

「ツギはどうしますか?」

 ガーちゃんが聞いた。アイカが答える。

「しばらく眠ってていいよ」

「リョウカイしました」

 船の甲板でスリープモードになるガーちゃん。アイカの命令には素直に従うよう、プログラムされているようだ。

「それじゃ、さっそくいこうよ」

「忘れられ、じゃなくてウノフターまでは」

 言い間違えを慌てて訂正したケルオの言葉のつづきを、ソレ=ガシが言う。

「東に106ポマセですね」

「正解っ」

 ミナは、心底嬉しそうに言った。手を合わせ、白い歯を見せている。

「出航の準備だ。急ぎな!」

 ウレペウシ号の船長の一言で、船は騒がしくなった。

 エイレンの港でいかりが上がり、大きな船が出航する。東に向かって進みだす。

 航海中は特に事件はなかった。

「このへんに魔物はいないね」

「数が少ないだけで、まれに遭遇するという話です」

「ビビらせんなよ、ソレ」

「うふふ」

 気が小さいことを隠そうともしないケルオに対し、ミナが微笑みを向けた。

 確かに、事件はなかった。島に着くまでは。

 忘れられた島、ウノフターの前で、別の船を発見する。見たことがない船体だ。

 船内に緊張が走った。


「おーい」

 どこかで見たような男が手を振っていた。

 なんと、前に海賊として出会ったバンディーティとユオクスポイカだ。敵意はないらしい。

 船の上同士では話しにくいので、二隻せきとも島につけた。船を停泊できる港のような場所がある。そこから上陸する。

 埠頭ふとうのような場所で話すソレ=ガシたち。

「海賊をやめて、冒険者になったんだ」

「変わらずに子分っす」

 そのほかにもたくさん子分がいる。その人たちが話す前に、ソレ=ガシが口を開く。

「ここは、やめておいた方がいいですよ」

「え?」

 起動したガーちゃんがウレペウシ号から降りてきた。無言で腕を振りかぶる。

「ひえっ」

 ソレ=ガシが陣を広げていなければ即死だった。

「これは、この島のガーディアンです」

「いまは、ボクたちの仲間だよ」

 アイカがさらりと言った。

「相変わらず、常識が通用しねぇな」

 バンディーティが褒めた。左手で首元を触り、右手で冷や汗をぬぐっている。

「危険だから、この島のことは他言無用で頼むぜ」

「了解っす」

 ユオクスポイカが了承した。

「またどこかで会おうぜ」

 片手を上げ、去っていくバンディーティたち。

 手を振って冒険者たちと別れる。彼らはカッバールッキ大陸のほうへと進んでいく。

 ソレ=ガシたちは、ガーちゃんとともに島の遺跡へと向かった。


「またここに来るとは」

 でこぼこ道を、よっつの脚で器用に通っていくガーちゃん。

 遺跡にたどり着いた。

「バロ・ハイカイセバ」

 中は暗い。ミナが、小さな装置に魔法で明かりをともした。

 中に入ると、ガーちゃんは、それまでとは別人のようになめらかに動いていく。

「さすが、自宅だな」

 ケルオが言い得て妙な表現をした。受けはあまりよくない。

「上に乗れないかな? ガーちゃん」

「そのようなキノウはカクニンできません」

「そっかー」

 アイカはガーちゃんに乗りたいらしい。しかし、そんな機能はない。戦うための機械だからだ。

「ソレ? どうかしましたか?」

 どことなく元気がなさそうな彼を見て、ミナが声をかけた。

「いえ。なんでもありません」

 否定の言葉を受けても、ミナの顔は心配そうなままだ。いつの間にか、ミナはソレ=ガシのわずかな表情の違いが分かるようになっていた。

 そうこうしているあいだに、最深部にたどり着いた。

「たしか、この辺りに」

 ソレ=ガシがスイッチを入れ、部屋の明かりがつく。天井の大きなものだけでなく、足元の非常灯もついた。

「ジョウホウをひきだします。しばらくオマチください」

 ガーちゃんが言った。

 そして、しばらく待たなかった。すぐに情報が示された。

 ガーちゃんが読み上げる。

「その昔、ナノマシンを悪用する者と平和利用する者のあいだで戦いがあった」

「ガーちゃん?」

 驚くアイカ。

「自分の言葉じゃなくて、原稿を読んでいるだけみたいね」

 ミナが推理した。たしかに、普段とはまるで話しかたが違う。

「悪用する者、パハがヒューマノイドを生みだし、平和利用する者、スンマが魔族まぞくを作り出した」

 おおげさな動作をとり、ソレ=ガシが納得する。

「なるほど」

「ついていくのが精一杯だぜ」

 ケルオの頭は沸騰寸前だ。

「超威力の爆弾も戦いに使われ、自然が変質してしまう。皮肉にも、ヒューマノイドと魔族まぞくが、変質した世界でも生き残れる種だったのだ」

「動物は?」

 ミナの問いに、ガーちゃんが答える。

「ドウブツはマモノとよばれています」

「あ。おかえり。ガーちゃん」

「タダイマ」

 ケルオがいぶかしがる。

「じゃあ、いまいる動物はなんなんだ」

「ドウブツガタのロボットです」

「ロボットって、機械のことだったよね」

 アイカが言った。

「ここまで知る必要は、なかったかもしれませんね」

 ソレ=ガシがつぶやいた。


「すみません」

 唐突にソレ=ガシが謝った。

「なんだよ」

無粋ぶすいな真似をした気がします。知らなくていいことを知ったような」

 うつむくソレ=ガシ。

「気にしないで」

 アイカがなぐさめる。頭に手で触れようとして届かず、ソレ=ガシがしゃがんだ。その頭がポンポンと叩かれる。

「しかし、こんなそれがしについてくる義理など、もはや」

「あるよ」

 ミナが言った。しゃがんでいたソレ=ガシが再び立ち上がる。

「ワタクシは、それについていきます」

 ガーちゃんに義理があるかはともかくとして、一緒に行動するつもりらしい。

「オレより先に言うなよ。こいつ」

「こいつじゃなくて、ガーちゃんだよ」

「はい。ガーちゃんです」

「わかった、わかった。……ガーちゃん」

 笑う三人。すこし遅れて、ソレ=ガシもわずかに笑った。

 遺跡から出る四人とガーちゃん。日の光がまぶしい。遺跡の前には獣道がくねくねと続いていた。遠くに海と、ウレペウシ号が見える。

「これからどうするの?」

 ミナが聞く

「どうしましょうかね」

「どうとでもなるだろ」

「どこへでも行けるよ」

「ブツリテキなゲンカイがあるので、どこへでも、はムズカシイかとおもわれます」

 今度は、四人がほぼ同時に笑った。一人の表情の緩みかたは少ない。

「ソレには限界なんてないかもね」

「別の世界にも行けるしな」

「だよね」

 あのとき空中に浮かんだ映像を見た三人は、もはやソレ=ガシが異世界の魔王まおうであることを疑う余地はない。

「ところで、ソレの本当の名前は何?」

「いまはいいでしょう」

「前も同じこと言ってなかった?」

 一人が苦笑いをして、ほかの三人が笑った。

「それでは、どこに行きましょうか」

 すこし表情をゆるめたソレ=ガシが聞いた。ミナが、魅力的な笑顔で答える。

「じゃあ、まずはね――」

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ソレ=ガシの陣 多田七究 @tada79

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