あるアルバイトの(知りたくなかった)大きな世界の知らないひみつ

せらひかり

第1話

あるアルバイトの(知りたくなかった)大きな世界の知らないひみつ


 何で泣いたのかって?

 そんなこと聞くなんて、お前さん、ひょっとして人の不幸は蜜の味ってやつかい?

 第七生態系では、そう言うんだろ?

 こっちでは違うんだ。

 涙を流すと、水分の中に劇薬が流れ出す。ストレスが高まると、体内に毒ができるんだが、大昔みたいに、体から吐き出して相手を攻撃するわけにもいかない。

 しおらしく泣いて、ハンカチで拭いて、ハンカチは専用の薬剤で中和してよく洗わなけりゃならない。

 あーあ、気に入ってるハンカチだったのに。今日の毒はとびきり強い。ハンカチの色が、まだらになっちまった。

 さっき、本屋のバイト中にさ。お前さんも見ただろ? まだ存在してない本を注文されたんだ。本人が書き上げてない本を。

 そりゃあ、何だってある。この店は、過去から現在、未来まで、事務所裏のドアで移動できる。秘密だけど、別の並行世界にだって、仕入れに行ける。

 だけどさ、現在過去未来、さらには並行世界のどこにも、その本は見つからなかった。

 つまり、あらゆる世界に、その本は存在しないんだ。

 泣けるだろ?

 そいつは、書きもしない自分の本を、書かないまま手に入れようなんて考えたんだ。

 本と読者に対して、失礼ってもんだ。

 こっちだって、いろんな危険をおかしてまで、あらゆる本を仕入れてるってのに。

 まったく。

 おや、何で震えてるんだい?

 お前さん、今日バイトに入ったばかりで、この本屋が普通と違うなんて聞いてないって?

 並行世界も知らない?

 はぁん?

 お前さん、本は好きかい?

 そうでなきゃ、泣いても家には帰さないよ。

 ここのバイトは、秘密を守る。

 本が好きでたまらないやつらは、絶対、この秘密を口外しないもんだ。

 もし、本のことがそれほど好きでないのなら。

 ふふ、疑って悪かったね。

 さあ、定時まで頑張ろうぜ。

 何せ、今日は発売日だ。

 第七生態系でいうと、何の日だっけな。

 忘れちまった。



エブリスタのお題でぴこんとできました。

https://estar.jp/novels/25700925

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あるアルバイトの(知りたくなかった)大きな世界の知らないひみつ せらひかり @hswelt

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