第5話 メリー・クリスマス

 深呼吸をしてから、携帯の画面を見つめる。携帯に登録していない、でもまだちゃんと覚えている番号を打つ。


「はい、佐伯さえきです。」妹の桃華ももかの声がする。実家に戻ったとは聞いていたけど本当らしい。


「俺。雄二ゆうじ。」俺が言うと、数秒の沈黙の後、はあ、とため息のような声がもれた。


「なに? お金ないの?」


 金の無心なんて今までしたことないだろ、とムッとした直後に、そういえば何回か母ちゃんにしたなと思い出す。思い返せば、桃華は幼い頃から、全く可愛げのない妹だった。可愛げはないが、俺のようなダメ人間ではない。


「結婚式。」


「は?」


「お前の結婚式、行かなくてごめん。」


 急に1年以上前のことを持ち出されて、桃華は面食らっているようだ。また沈黙が流れる。


「地方の大事なライブがあるとか言って。行ってみたら、観客10人くらいでさ。俺、何やってるんだろうって。お前の結婚式の余興でもすればよかったのにって。バチが当たったんだと思って。その……死ぬほど後悔した。ごめん。」


 桃華がまたはぁとため息をついた。


「お兄ちゃんの分の席も、ちゃんとあったんだよ。」


「うん。」


「お兄ちゃんが自分勝手で、無責任なのは今に始まったことじゃないし。」


 桃華にそう言われてカチンとくる。こっちが勇気をしぼって謝ったのに、その言い草はないだろう。でも本当のことだ。キレるな、キレるな、と自分に言い聞かせる。次の言葉を言うか言わないか迷う。「いや、言うぞ。」と覚悟を決める。


「母ちゃんのこと、ずっと押し付けててごめん。」


 桃華は何も言わない。電話は切られていない。桃華の呼吸音が少しだけ聞こえてくる。別にこんなに簡単に許されるなんて思っちゃいない。でも、この沈黙はじわじわと痛い。


「お正月、帰って来れば?」


 桃華が言った。俺の顔が自動的にニヤつく。想像していたより、ずっと嬉しい。


「うん。」と素直に答える。


「期待しないで待ってる。」と言われて、またムッとする。でも、「正月には帰ってくる」と言ったまま、もう10年くらい帰省していないことに気づく。


「メリー・クリスマス」ふと思いついて口にしてみた。


 電話口でふっと桃華が笑った。


「メリー・クリスマス」

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【完結】2019年のクリスマス・キャロル かしこまりこ @onestory

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