第4話 クリスマス

 クリスマスの朝だ。起き上がって、トイレに行く。洗面所の鏡に映った自分の顔を見る。そこにいるのは髪がぼさぼさのダメ人間だった。


 小学校の時から、俺はモテた。運動神経もよかったし、あまり勉強しなくてもテストの点数はよかった。みんなにカッコいいと言われてきた。大学も、全然勉強しなかったのに、ちゃんと単位を取って留年せずにすんだ。


 就職活動だけは馴染めなかった。アンドロイドみたいに、全員同じようなスーツを着て、面接官にバカらしい質問をされて、よくわからない理由で採用だどか不採用だとか決められるのに無性に腹が立った。


「音楽を本気でやりたい」なんてもっともな理由をつけて、俺はそこから逃げた。「ゆーちゃんがサラリーマンになるなんて似合わない」なんて言われて調子に乗っていた。サラリーマンになるような人間より、俺の方が上だと思っていた。


 俺はどうやってこんなダメ人間になったのだろう。どこで間違ったんだろう。


 スポティファイで音楽を流し始める。わざわざ選曲しなくても、適当な音楽を適当に流してくれる。


 ハリー・ニルソンのウィザウト・ユーを選ぶ。マライア・キャリーのカバー曲しか知らなかった俺が、ハリー・ニルソンのカバーを知ったのは、死んだ父ちゃんのレコードを発見したからだ。それ以来、俺は失恋する度にこの曲を聞く。


「あなたがいないと生きていけない」とシンプルに伝えるこの曲。マライア・キャリーが、きいきい高音で歌うサビの部分を、ハリー・ニルソンの男の声が、叫ぶように歌っているのを聞くと、俺はいつも泣いてしまう。


 俺はこんな音楽を作りたかったんだ。失恋したときに隣にいて慰めてくれる歌。朝起きたときに「さあ、行こうぜ」て気にさせてくれる歌。悔しいときに一緒に怒ってくれる歌。そんな音楽を。


 下だけでもジーンズに着替えようかと思ったが、面倒くさくてジャージのままコートを羽織ってアパートを出た。思ったよりも外が暗くて、携帯をチェックする。


 17:03。起きた時は朝だと思ったのに、いつの間にそんなに時間が経っていたんだろう。こんな風にぼんやりと、ダメ人間のまま爺さんになってしまうような気がして、背筋がゾクッとする。


 商店街へ向かうと、ジングル・ベルの音が聞こえてくる。社交辞令で貼り付けた笑顔のように、人工的で明るい機械音。


 やけっぱちな気持ちで、小さなクリスマス・ケーキと骨つきチキンとハーフボトルのシャンペンを買った。どこの店員にも「メリー・クリスマス」と言われた。マジか。


 家に帰って、チキンとケーキとシャンペンをちゃぶ台に並べる。テレビを見ながら、チキンを肴にシャンペンを飲む。普通に美味しいと思えるのが不思議だ。適当なお笑い番組を見てるうちに、時間はどんどん過ぎる。小さなクリスマスケーキを、箱から出さずに直接フォークで食べる。さすがに情けなくなってきた。


 21:27。今日のうちに、やらなきゃいけないことがある。

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