「達人」の実力

@HasumiChouji

「達人」の実力

「何故、師範は、そこまで厳しい稽古をなさるのですか?」

 私は、少なくとも、この国で、この道を学ぶ者達の中では五指に入るであろう我が師に、そう聞いた。

 私が学んでいるこの道場で、最も厳しい稽古をしているのは、師範その人だった。

 幼少の時より、壮年になった今まで、1日も休まず、生活の全てを自分の力を鍛え技術わざを磨く事にのみ費してきたと言われている。

「恐いからだよ……」

「師範ほどの方に、恐いものが有るなど、信じられません」

 今まで何人もの道場破りが師範に挑戦したが、師範に勝った者は居ない。

 公式の試合は愚か、ルール無用の野試合でも同様だ。

 屈強なる猛者達を易々と捻じ伏せ、試合巧者と言われた者達の策や技も通じず、実戦でこそ真価を発揮する、と云う定評の有った者達も、彼等が得意とする「実戦」に近いルールでの戦いで容易く退けてきた。

「もし……仮にだ……私が、今日の夜中、たまたま、路上で何の訓練も修行もしていないチンピラと喧嘩になり……あっさり負けたとする……」

「有り得ません。たかが素人が相手では、最初の一撃で勝負は終るでしょう」

「本当にそうかな? もし私が、通りすがりのただのチンピラに成すすべもなく倒されたとしたら……それは、私1人の敗北では無い。この道を学ぶ者全ての敗北と言ってよい。そんな事が万が一にも起きれば……人々は、我々が学び修行してきた事など、何の役にも立たぬ絵空事と思うようになるだろう。そして……この道を極めれば極めるほど、私の胸の中で、いつかそのような日が来るのでは無いか? と云う疑念は強くなっていくのだ。私のこの内なる疑念を捻じ伏せるには……より強くなるしかない」

 ひょっとしたら……どんな道であれ、その道を極めれば極めるほど……師範のような想いを抱くようになるのかも知れない。

 それが、師範のこの答を聞いた時に私が感じた事だった。


 そして、「魔導帝国」と呼ばれた我が国の中でも、最強の魔導師の1人と言われた我が道場の師範が、何の魔導の才能も無ければ訓練も受けていない、たった1人の酔っ払いのチンピラに刺殺されたのは、その日の夜の事だった。

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