クリスマスキャロルはひとりでに

尾河牧人

クリスマスキャロルはひとりでに

「もし、わたしが」

 


どんな答えが正解か、そんなものは一瞬のうちには分からない。


 


「いつか、この街を」


 


あのときに返した答え。


 


「離れるときに」


 


僕はずっと考えるのだろう。


 


「君は、どうする??」


 


だからこそ、僕は君に会いたい。


 


 


あの日の答えを君に届けたい。


 


 


 


 


白い雪が降り続けている。


この街にはめったに降らない雪。


その珍しい光景にはしゃぐ少女。


でも、とても珍しい景色に目もくれず大人は歩いている。


家路につくそんな大人たちの間を僕らは縫い抜ける。

「おい!!っぶねぇな!!!」

銀色の中に暖色の明かりがぽつぽつと照らしている。


街の中心地に向かって、僕らは走り続けた。


「見てよ!!今年もきれいだよ!!」


「うん、そうだね」


大きな大きなクリスマスツリー。


いつだって一緒に見ている。


僕にはそれだけでも十分だ。


一緒なら何だって楽しい。


隣の少女がいれば、僕は満ち足りている。


「はい、これ」


「あれ??いつの間に持ってたの??」


「ううん、亮くんがツリーに見とれていた間にすぐそこの自販機で買ってきたの」


「そんなに見とれてたかなぁ……」


「うん、とっても。いつも、あんな顔だよ。子供みたいでかわいい顔」


「えぇ……僕だってもう」


「そーいうところ、本当に子供みたいで可愛いな」


「っ……」


差し出されたホットココアを手に取る。


熱い。


「ふぅ……ふぅ……」


「やっぱり、熱いね」


うなずいて飲み始める少女。


その動作に見とれてしまう。


でも、せっかくのホットココアだ。


冷ましちゃいけない。


「げはっ、げほ」


「亮くん、なにやってるの……」


「ちょっと一気に飲みすぎた」


呆れられながら頬を拭かれる。


やっぱり、子供っぽいのだろうか。


そう思ったときにどことなく、音楽が流れ始める。


「亮くん、あれもきれいだね」


「うん」


音楽に合わせて色とりどりにライトアップされた噴水が出てくる。


この時期だけの特別だ。


「もうこんな時間だったんだね、そろそろ帰ろっか」


声を合図に家路につく。


雪に加えて、風が僕らを吹き付ける。


クリスマスツリーみたいに光っているビルもある。


「ね、亮くん!!早く帰ってケーキを食べようよ!!」


「ちょっとまって引っ張らないで、痛い!!」


より強く、僕に冷たい風が吹き付ける。


「本当に待ってよ!!ちょっとつかれちゃったよ……」


「亮くん!!休んでる暇はないから!!」


そう言って、僕を引いてどんどん走っていく。


僕よりも体育の成績はよっぽどいいけど、普段はこんなに走らない。


でも、楽しい時間は少しでも長いほうがいいに決まってる。


そう思うと、僕の足はまた元気を取り戻した。


 


 


・・・・・・・・・


 


・・・・・・


 


・・・


 


 


「はぁ……はぁ……」


「ちょっと疲れちゃったね。さ、早く食べようよ!!」


らしくもなく、靴を脱ぎ捨てている。


それを正して僕も後を追いかける。


「おかえり、亮君」


僕らのママが出迎えてくれる。


「ただいまです」


「もう、そんなにかしこまらなくていいのに。もっとほら、えがおえがお!!」


「ママ、ケーキケーキ!!」


「そんなに騒がなくても。ほら、ここに2人分あるから食べなさいな」


「ほら、亮くん亮くん」


手招きをされる。


確かに、いつまでも突っ立っていてももったいない。


早く食べよう。


ケーキはママの作る料理の中で一番美味しいから。


「「いただきます」」


キャロルが僕らが食べている横でラジカセから流れている。


この時期のお決まりだ。


僕らの生活がいつまでも続いてほしい。


この曲を聞いているときはいつも思う。


「亮くん」


「ん??どうしたの、いちごもらっちゃうよ」


「うん、いいよ」


きれいな笑顔で許可をもらう。


普段だったら間違いなくもらえないのに。


よく見たら、ケーキの形が全く変わっていない。


本当にすぐ食べているのに。


「亮くん。君だけに話していないことがあるんだ」


「あ……うん」


そんな顔をしているのを僕は見たことがない。


いつだって笑顔で、元気いっぱいに、僕を振り回していたのに。


 


「わたしね、」

 


「そんな顔して話さないでよ」


 


「どっかの偉い人の娘なんだって」

 


「いつも笑顔でいてよ……そんな顔、見たくない!!」


 


「今日でお別れなんだ」

 


「悲しい顔するぐらいなら、そんな話……」


 


「迎えが来るんだって、もうすぐ」

 


「……」


 


「私に居場所をくれるんだ」

 


「それなら、僕が!!」


机を叩く音にびっくりしている。


遠くを見るぐらいなら僕を見てほしい。


僕だけをその目に映して。


「僕がきみの居場所になるから!!」


 


「あはは、亮くんは……」

 


「それなら、どこへ行かなくてもいい。いつだって一緒だ!!」


 


「いつでも可愛いなぁ」

 


「ね??」


 


「わたしも亮くんのとなりが一番好きだよ」

 


「それなら」


 


「亮くんのことが一番好き。でもね」

 


「ぼくが!!ぼくが!!」


 


「わたしじゃもうどうにもできないんだ。ごめんね」

 


「いやだぁ!!!!」


 


「ごめんね……今まで黙ってて」

 


「そんなの……。ないよ……」


 


「あ、ママ……」

「お迎え、来たよ」


「……うん」

「ああ、荷物なら持ってきたよ」


「あ、ありがとう」

「これでお別れだね。これからの人生が幸せであること、それだけを祈ってる」


「ありがとう、ママ」

 


なんでだよ。


そんなのってないじゃん。


どうしてそこまで平然としてるんだよ。


わからない……。


 


「亮くん」

 


聞きたくない。


 


「本当に好きだよ」

 


そんな別れってないよ。


 


「ありがとう、さよなら」

 


部屋を出ていくのを見届ける。


部屋の外は激しく雪が降り続いている。


僕の心の痛みを和らげてくれるように。


 


 


・・・・・・・・・


 


 


・・・・・・


 


 


・・・


 


木々が青々と繁っている。


セミがうるさいばかりに鳴いている。


そんな高台で一人佇む。


長く戻ってこなかった街。


思い出は深く僕を傷つけている。


でも、僕が見てきた街はなくなっている。


辛い思い出はこの街にはもうない。


深い傷を背負って僕は成長した。


僕を阻むことができる人はもういないくらいに。


たったひとりのために。


さぁ、行こうか。


未来を取り戻しに行くんだ


 


今こそ、迎えに行く。

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クリスマスキャロルはひとりでに 尾河牧人 @OkawaMakito

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