『美しい髪を持つ一族』と呼ばれる妖精たちの社会で、ひとり変わった髪色に生まれてきた『夜』と、一族の中でも東別に美しい髪を持つ『花』の物語。
ファンタジーもファンタジー、きっとファンタジー以外ではまず書き表しきれないであろうお話です。いろいろと感じたことや注目すべき点はあるのですけれど、でもそのすべてが最終的に「あっすごい、きれい……」に収斂されてしまうようなところがあって、つまりある意味ではビジュアルに全リソースを注ぎ込んだお話であると、少なくとも主観的な読書体験としてはそう言えると思います。画がすごい。脳内に展開される映像のパワー。
とっても綺麗で幻想的で、うっとりするような耽美(でもあんまり暗かったり重かったりはしない明るい耽美)の世界。ただ、映画や漫画ならまだしも本作は小説作品なわけで、つまり物理的な見た目はあくまで『ただ文字が並んでいるだけ』のもの、それをしてこれだけ絢爛な世界を描き出してみせるのですから、まったく並大抵のことではありません。どうなってるんだろう? おそらくはひとつひとつ積み上げられた細かな設定の力、コツコツ積み上げられる世界の土台固めの威力ではないかと思います。
例えば『花招き月』であったり『鷲獅子(グリフォン)』であったり、これらの「私たちの暮らす現代には存在しない言葉/名称/言い回し」の醸す効果。ファンタジー世界を描く手法としてはそこまで珍しいものではないのかもしれませんが、でも珍しくないからといってそう簡単にできるものでもなく、なにより本作の場合はそれらがすべて効果的に機能している印象。
お話を通じて描き出したいもののイメージが明確で、すべてがしっかりそちらを向いているのでブレがない。ちゃんとお話に彩りを与えてくれるのに、くどかったり邪魔するようなところがない、というような。彼ら一族の世界のありようをしっかり描きながら、でも読者の想像が余計な方向に広がりすぎることはなく、きっちり彼らの関係に集中できるのが本当うまいっていうか「YES!」ってなりました。そうですこの物語はあくまで彼らふたりの関係性のお話。
というわけで内容、というかお話の筋なのですけれど、最高でした。急に感想が雑で申し訳ないんですけどこれは仕方ないっていうかだって花の彼(フロルさん)が最高すぎて……なにこの眩しすぎる金髪長髪イケメン。いや物語の主人公という意味ではきっとバドさんがメインで、現に彼の方が視点保持者なのですけれど。
バドさんの抱えた困難、生まれ持った珍しい外見的特徴による不当な扱い。単純に差別や迫害といった要素を読み取れなくもないのですけれど、でもそのさじ加減が絶妙というか、悲劇としての痛みはあれど踏み込みすぎないところがよかったです(読む側が意図的に読み込もうとしない限りはえぐみを感じない調整)。ある種のシンデレラストーリー的な側面、というか誤解を恐れず言うなら『みにくいアヒルの子』的な要素があって、でも結末自体はむしろ真逆というか、ひとまわり上のレベルで上書きしてくるハッピーエンドなのがもう最高でした。
だって夜は夜のままで美しく、花は花として艶やかで、いやこんなに幸せな結末ってあります? 細やかなディティールとしっかり主張してくるキャラクター、それらが最後の最後に大輪の花となって咲き誇る、まさにハッピーエンドとしか言いようのない作品でした。金髪最高!
※このレビューは「ファンタジー」について書いてますけど、書いてる人は「ファンタジー」といえばトールキンとハリポタとナルニアくらいしかイメージできないくらいに普段小説を読まない人なのですごく的外れなことを言う可能性があります。
僕らが「ファンタジー」を書こう!と思ったとき、実際に書きはじめたり、完成させることができるかどうかはともかく、最初に考えるのって設定とストーリーだと思うんです。世界観考えるの楽しいですしね。世界観だけめっちゃ詳細に作り込んで肝心の本文は1文字たりとも書かないままラノベ作家の夢を諦めたオタクはいっぱいいると思います(僕もです)。
ただですね、設定とストーリーの面白さで魅せるっていうのは、必ずしも小説の作り方ではないんですね。少なくとも設定とストーリー展開“だけ”が小説の魅力ではない。この辺、ラノベとかロールプレイングゲームが「物語」の原体験であるような世代に特有の問題だと僕は思っていて、僕もそうですが小説を読んだり映画を観たりするときに、どうしても設定とストーリー展開をまず気にしてしまうし、自分が創作をするときにもそこから考える。それ自体は別に良いことでも悪いことでもないんですけど、「小説」という形式の最大武器って、実は設定でもストーリー展開でもなくて(その2つが最大の武器になるのはロールプレイングゲームです)、「文章」なんですよね。当たり前なんですけど。
ところが、文章の美しさを追究する作品を書こうとすると、「ファンタジー」という世界観である必要性ってあまりないんですよね。むしろ、日常のさりげない一コマを磨き上げられた表現で意味付けするような作品こそ、文章の底力を感じさせるものだし、美しい世界を美しい言葉で表現するのは、簡単だからこそ難しかったりするんだと思うんですよ。
で、この作品なんですが、まずもう書き出しの一文が本当に素敵ですよね。ぐっと引き込まれる。そして、「春」を「花招き月」とするような世界観と、文章のリズム感がリンクしてる。ファンタジーの世界だからこそ可能な文章表現なんですよね。ファンタジーであることにきちんと意味がある。
幻想の世界を、幻想的な文章で表現してくれる小説。幻想の世界で、特別な事件で読者を驚かせるということでもなく、ただただ美しい世界の情景が活写される、でも「ファンタジー」という形式でなければ成立し得ない世界、そういう小説、ありそうでなかなか無いよなって思ってます。少なくとも僕は読んだことないし、そんな小説をずっと読んでみたいって思ってたけどようやく見つかった、という気持ちです。
美しい、とても美しい世界でした。