久々快晴

 次の日の朝。補習最後の日。空は見事に晴れていた。久しぶりの青い空に私は歓迎の意を込めて大きく深呼吸をしてみる。


学校に向かいながら、私は昨日の出来事を事細かに希に話した。希はと言うと、


「なんだかすんごくいい話。私も会いたかったなあ。お豆腐屋さん。」


と興味があるのかないのか。そう言って眩しそうに太陽の光を浴びていた。


小寺くんにも話してみる。すると興奮した様子で


「ということはもう一匹、青いザリガニがあの池にいるってことだ。今日の補習が終わった後、釣りに行かねば。」


と張り切っていた。

 

 補習が終わり、開放感に包まれた私と希は小寺くんに便乗してザリガニ池へと向かった。池には例年よりも多く小学生の姿が見え、予想以上の賑わいを見せている。どうやら小寺くんが小学生に青いザリガニのことを話し、それを聞いた子供たちが集まっているらしい。私は小学生が釣るとややこしいと判断したが、小寺くんは小学生に釣らせて、理由をつけて奪ってやるという方法もありだと感じたのだろう。本当に何を考えているのかはわからないが、彼の脳内はきっとザリガニ中心で回っているのだなあ。とあきれるよりかはもはや感心してしまう。


 子どもたちが楽しそうにザリガニを釣っている。青いザリガニがいなければ、こんなにたくさん集まることはなかったかもしれない。



「ちょと、さだはる。待ちなさい!」



さだはる。予想外の名前に私は咄嗟に振り向く。そこにいたのは何度かこの公園付近で出会った、あの大学生くらいのお姉さんだった。さだはると呼ばれるビーグルとコーギーの雑種犬は、嬉しそうに池の周りの子供たちの方へ向かっている。


「あ、お姉さん!」


希が嬉しそうに駆け寄っていった。するとお姉さんは、


「あら、この前の。」


と愛想よく返事をしている。

いま聞いたさだはるという名前。私はそんなはずはないと思いつつ、おそるおそるお姉さんに聞いてみた。


「あの、さだはるって」


「この犬の名前。今日は随分と機嫌がよくて、突然走り出したりするから大変よ。きっと久しぶりのお天気だし、おじいちゃんが死んでからこの公園にはお散歩に来れてなかったから。きっと嬉しいのね。」


お姉さんはどこか寂しそうにそう言うと、ザリガニ池の方を見た。


「随分と子どもたちが集まっているのね。おじいちゃんとさだはるが気に入るわけだ。」


「豆腐屋の姉ちゃん! なあこれ見て!」


坊主頭の少年が駆け寄ってきて手に持っているものを見せてくれた。


それは青いザリガニ、とは言いづらく、青みがかったグレー。曇り空のような色だった。きっと時間が経って、おじいさんが感動していた真っ青なザリガニではなくなってしまったのだ。


「これ、もしかしておじいちゃんのザリガニ?」


お姉さんは驚きつつ、笑い出した。


「おじいちゃん本当にやったのね。私が言ったのよ。青いザリガニの話。からかったつもりだったんだけど。本当に変な人ね。」


少年は不思議そうにお姉さんを見つめると、

今度は小寺くんの方を見て言った。


「なあ兄ちゃん。このザリガニ青くないよ。青いザリガニじゃない。グレーだよ。曇ってるもん。」


「見つけたのか!」


小寺くんはそう言うと、少年に対してあれやこれやと語り、ザリガニをこっちによこした方がいい、などど言って奪い取ろうとする。


横にいた希は、それを見てやれやれと首を振っていた。


「まあでも確かにそうね。青いザリガニとは言えないかも。」


お姉さんはそう言うと、晴れた空を見上げ


「青いってのはこういうことよね。」


と言った。一面に広がる青い空。この青空はどこまで広がっているのだろう。いったい何人の人がこの空を見ているのだろうと途方もないことを考える。天候は人間には操れない。晴れてほしいと願ったとしても、曇ってしまうことはある。

けれどそれが楽しいのだ。人間にも、犬にも、それは共通する。思いがけないことが起こる。それは天気だけじゃない。平凡な日常に、ふと現れたりもするのだ。


小学生との交渉が成立した小寺くんが、大切そうに曇ったザリガニを受け取っている。その光景を見ながら私はお姉さんに向かってこう言った。


「まあでも、曇っているのも悪くないですね。」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青いザリガニ 植草れもん @onigirisenbei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ