幕間

青夜 明

幕間『零』(Z box cityより)

あんずという男は本を読むことで命を紡いでいるが、暇で堪らなかった。

 大人びた顔立ちに似合わず、頭上に白いリボンを結んでいる。黒いシャツと白いスーツを身にまとながら、窮屈そうに溜め息を吐いた。

 ふと、視線を上げる。


「何か用か、れい


 いつの間にかいたのは、とある世界の創造主よ代理である澪だ。母のような慈愛の瞳を向け、父のような威厳のある笑みを浮かべながら言う。


「そうだね、君の様子を見に来たんだ。お茶を出してくれない?」


 杏は澪には逆らえない。溜め息をもう一度吐き、何故私が、と言いながら立ち上がった。

 書庫のような空間だ。本棚に囲まれ、中央には杏の書斎机がある。

 だが、杏が指を鳴らすと、書斎机は白いティーテーブルに変わった。

 アプリコットティーにアンズの花びらが浮かんでいる。傍らには瓶が置かれ、これまたアンズの花の形をした砂糖が詰まっていた。

 杏はしぶしぶといったように、澪は嬉しそうに席へとつく。二人は砂糖を好みで入れて、リボンのティースプーンでかき混ぜた。

 いただきます、と澪は言って味わう。


「……うん美味しい。責務の後のお茶会は格別だ」


「おや、珍しいな。暇ではなかったのか? 私のように」


 杏がくつくつと笑い、澪も含み笑いを浮かべる。


「暇なんて思わないさ。君みたいに、仕方のない子ばかりでね」


 杏は一瞬の間を置いて、やれやれと肩を竦めた。

 杏は澪に叶わない。例えば、彼が"命を落としそうになった"時もそうであった。主の代理として回顧した彼女を見て、杏は見知らぬ懐かしさを覚え、しかし、抗おうとしたのだ。


『俺は認めない、死ぬなんてごめんだ。一生狭間に留まって他人を見つづけてやる』


 対して、澪は言ったのだ。


『いいよ』


 虚をつかれた顔をする杏に、澪は続けた。


『君の宿命は"邪魔"だったね。"判断"も与えてあげるから、私の分まで皆の人生を見守ってくれるかい。一生をかけて』


 そのまま杏は生と死の狭間で時を止め、ありとあらゆる人間の人生を閉じ込めた、"物語"の本を文字通り見る役を任されたのである。

 物語は対象の時が進むことに書き加えられるのだが、分岐点があると本も分かれ、派生してしまう。これには本が好きな方である杏も飽きが来てしまった。しかも、客人が中々来ない。

 一番顔を見せると言っても、よりによって恨み言をいくつ言っても足りない澪なので、杏は溜め息しか出なかった。一応杏が呼び寄せた者達もいるが、誰も彼もが気ままなので、思いどおりにはいかないものだ。

 杏はアプリコットティーをやけくそに飲み干し、立ち上がる。楽しげに見上げる澪の顔を見返して、嘲笑うように笑った。


「唯一終わらない物語になってやる」


 本当に滑稽なのは、一体誰だろうか。



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幕間 青夜 明 @yoake_akr

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