第19話「危ない男」

「私が操られている? なんの冗談ですか?」


 ラクスは怪訝そうに学園長の顔を見つめる。

 急に操られているなど言われればこの反応も当然だ。

 だけど、冗談で言っているわけでない事は学園長の表情からわかった。


 なんだ?

 いったい何が起きてる?


 俺たちがいない間にこの学園に何か起きた事は間違いない。

 しかしこの事態に陥っている理由がわからなかった。


 学園長たちが何者かに操られている?

 ――いや、それはない。


 学園長たちの目からは光が失われていないし、焦点ははっきりと俺たちを捉えている。

 何より、これだけの大人数を操る魔法など、精細な魔法に長けていると言われているエルフでさえ不可能だろう。


 学園長はもうラクスと話す価値がないと思ったのか、視線を俺に戻してきた。

 ラクスはそれを不満そうに怒るが、もう取り合ってもらえない。

 どうやら学園長は完全にラクスが操られていると判断したようだ。


 ラクスが操られているなんて判断が出来る材料は何もなかったはず。

 それなのにこの反応、操られているのではなく思い込みをさせられているのかもしれない。


 となれば、おかしな事を吹き込んだ奴がいるはずだ。


 俺は学園長の仕草に気を付けつつ、怪しい奴がいないか周囲を見回す。

 すると、学園長が視線を自分の後ろに向け、誰かに前へ出てくるように言った。


 そして出てきたのは――食べられたと思っていた、カルラだった。


「カルラ!? お前無事だったのか!?」


 カルラが生きていたと分かり、俺は思わず彼に駆け寄る。

 生きていてくれてよかった――本気でそう思ったんだ。

 なのに――。


「来るな化け物!」


 カルラは、俺の事を化け物と呼んで拒絶した。


「は……? 何を言っているんだ……?」


 一瞬、本当に何を言われているのかわからなかった。

 化け物?

 俺が……?


「よくもあの大蛇のモンスターを操って俺たちを襲わせたな! おかげでみんな喰われたじゃないか!」


 俺がホワイトオオアナコンダを操っただと……?

 待ってくれよ、いつ俺が操ったっていうんだ?

 そんな素振り全く見せてないだろ?


 罵声を浴びせるかのように怒鳴るカルラを前にして、俺は困惑から言葉が出てこなかった。

 代わりに、怒りを溜め込んでいるラクスが言葉を発する。


「何馬鹿な事言ってるの! あの蛇はいきなり現れて私たちを襲ってきたんじゃない!」

「いいや、違うね! だったらどうしてあいつはお前たちを襲わなかったんだ!? あの蛇はそこの化け物を助けた後、今度は俺たちに向かって襲ってきた! まるでそこの化け物に命令されたかのようにな!」


 カルラが言っている事は無茶苦茶だった。

 根拠なんて何もない。

 ただ、俺に嫌がらせをするリーダーをホワイトオオアナコンダが食べて、その後標的を目の前にいる俺たちではなく、逃げるカルラたちに切り替えた事で俺がホワイトオオアナコンダを操ったと主張しているのだ。

 そんなの言い掛かりにもほどがある。


「馬鹿な事言わないでよ! あんなの逃げたあなたたちを野生の本能で追っただけでしょ! 現に私たちはあの後また襲われたわよ!」

「襲われた!? はっ、だったらどうしてお前たちは無事なんだよ! ミュンテ一人であのモンスターを退けたって言うのか!? 寝言は寝てから言え!」


 ラクス一人では無理だ。

 その事実はこの場にいる全員が知っているだろう。

 彼女は良くも悪くも注目されている。

 だからラクスの実力はクラスメイトや教師陣は全員知っていた。

 当然、ホワイトオオアナコンダに敵うはずがない事も。


 でも、この場にはイレギュラーの存在がいるだろ?

 どうして彼女の事を考慮しない?

 まるで端から見えていないかのような無視具合だ。


 だけど、あえて無視されているのなら突いたところで無駄だろう。

 もっと確実な根拠で話をするしかない。


「こいつ……!」

「ラクス、いい。下がって」

「でも……!」

「頭に血が上って言い合いをしても駄目だよ。カルラは聞く耳を持っていない」


 ラクスが代わりを務めてくれている間に冷静なった俺は、ラクスの手を取って後ろに下がらせる。

 反抗されるかと思ったけど、ラクスはなぜか黙り込んでしまい意外とすんなり後ろに行ってくれた。

 だから俺はカルラに集中する。


「なぁカルラ、みんなが知っている通り俺は魔法をろくに使えない。それなのにどうしてあのモンスターを俺が操れるんだ?」


 ラクスとは違い俺は悪い意味でこの学園で目立っている。

 そのおかげで、俺には魔法がろくに使えない事をこの場にいる全員がわかっているはずだ。

 これだけで、俺がホワイトオオアナコンダを操ったという主張は崩れる。


 しかし――。


「今まで魔法が使えないふりをしていただけじゃろ?」


 俺の主張は、今まで黙り込んでいた学園長によって否定された。


「どういう意味ですか?」

「そのままの意味じゃ。お主は魔法を使える事を隠しておった。狙いは、お主を警戒する者がいない状態で人やモンスターを操り、力を付けてこの国を支配する事じゃな? 元々幼くして強大な魔力を有し、多彩な魔法を操っていたお主なら警戒されなければ不可能ではない事じゃろう」


 この国を支配……?

 俺が……?


 そんな野望一度たりとも抱いた事はない。

 いや、そもそも――。


「俺が魔力の大半を失った事は、間違えようのない事実。多くの医療師によってそう判断されたと亡くなった両親から聞きました。それは書類などに残っているんじゃないですか?」

「ほほ、上手く誤魔化そうとしておるのぉ。その書類も全て、偽装された物じゃったそうじゃないか。そうじゃの、ミスター・・・・・ミュンテ」


「――あぁ、そうだな」


 突然聞き慣れない男の声が聞こえたと思ったら、先生たちがバッと道を開けた。

 そして、純白のローブに身を包んだ男が中央に出来た道をゆっくりと歩いてくる。

 男は低身長なのにもかかわらず、離れた位置からでも目が合うと呼吸すら困難になりそうなほどの雰囲気を纏っていた。

 おそらく何も知らない人間でさえこの男が只者ではない事がわかる。


 何より、純白のローブを身に付ける事が許されるのは王家直属の騎士団のみだ。

 そして、その騎士団に入る事が出来るのは貴族の中でもほんの一握りのエリートのみ。

 そんな騎士団に所属する男が、どうして一介の魔法学園に訪れているのか。


「おにい、さま……?」

「お兄様? あっ……」


 確かに学園長はこの男の事をミュンテと呼んだ。

 そしてラクスと同じ真っ赤な髪色をしている。

 この男はラクスの実の兄なのだろう。


 ただ、どうしてラクスは怯えているんだ……?


 怯えたようにラクスが俺の背中に隠れてしまった事により、俺は疑問を抱く。

 俺の服を掴む手は震えているし、兄を前にする妹の反応ではない。

 この男には何かあるのだろうか?


 俺が警戒心を高める中、男は俺とラクスを交互に見るとつまらなさそうに口を開いた。


「この俺がわざわざお前を捕まえるためだけに派遣されようとはな。昔のよしみだ、大人しく捕まってくれるのなら半殺しで済ませてやる」


 ……あぁ、なるほど。

 この男、やばすぎるな。


 ラクスがどうしてこの男に対して怯えているかわかった俺は、ラクスの腕とニーニャの手を取ると、早々に逃げだすのだった。

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