最終話

 ドクター・クラスメイトが学級委員長として統べるクラスは思いのほか上手くいっていた。


 その最大の理由は、ボクが不真面目だったからだろう。

 はっきり言って面倒くさいことが多すぎて、速攻投げ出してしまったのだ。


 それを見かねた甘噛魔あかまが、十文字じゅうもんじが、末洞まっどが、華縞はなじま代山だいやままでが、呆れながらもマスクを被ってドクター・クラスメイトとして職務を全うしてくれた。


 そのうちにもう、誰がドクター・クラスメイトなのかボクにもわからなくなった。


 中には行き過ぎたドクター・クラスメイトの時もあったけど、不思議な事にそう言う時ほど自浄作用が働いて他の者がきちんと支えたりする。

 クラスの誰もが当事者意識を持ったからかもしれない。


 人気のない教室に二人きりで華縞はボクに向かって言った。

「終わっちゃいましたね」

「そうだな。こうしてみると少し寂しい気もするな……」

 そこに厳しい声が飛び込んできた。

「見つけました! 猫丸ねこまさん、華縞さん! なにをしてるんですか。まさか不純な……」


 息を切らせて入ってきたのは十文字だった。

 髪の長さは短いままだが、色は濃い茶色になっていて意外と活発さとマッチしてる。

「そうであったらどれほどボクの人生が潤ったことだろう。助けてくれ、十文字」

「何を言ってるんですか。そんなことよりも早く決めなければなりません」

「決めるって何を?」


 ボクの素朴な疑問をに対して華縞がまず反応をした。


「あっ! もうそんな時期ですか」

「そうです。四年に一度開催される番長トーナメントです」

「ば、番長!? この情報科学の時代にそんなものが存在したのか?」


 ボクの言葉に十文字はため息を吐いた。


「何を言ってるんです。番長の持つ武力は小国の軍事力にも比肩すると言われてるんですよ。そのために各クラスから番長候補を選出してトーナメントで競い合うのです」

「そんなものが……。高校生活は三年なのに四年に一度しか開催されないのか」

「だって番長ですから」


 そうか。

 番長は学校生活を自動的に延長するシステムで成り立っているんだな。

 むしろ留年という制度自体が番長のために作られたのかも知れない。


 十文字がペンと手帳を取り出して早口に告げる。

「私の調べたところ、今年の番長候補は今までとは格が違うようです。特に要注意なのがメガネカンフー番長、エスパーゴリラ番長、ロボ番長XTA-C99、ヨーグルトキノコ番長、ゴリラキョンシー番長、筋肉サイコダイバー番長、毒手ゴリラ番長、黒魔術ゴリラ番長……」

「ちょっと待って。いろいろ言いたいことだらけだけど、ゴリラ多すぎない?」


 ボクの疑問に華縞が答えた。

「うちは共学だから、どうしても偏っちゃうんですよね」


 そうか。

 確かに共学ならば、そういうこともあるのかもしれない。

 本当にそうなのか?


「でもうちのクラスなら問題はないだろ、なんて言ったって甘噛魔がいる」

「確かに甘噛魔さんでしたら優勝する可能性は高いでしょう、しかし名が知れ渡っているだけに他のクラスの者たちからも警戒されております」


 十文字がその言葉を言い切らないうちに末洞が教室に飛び込んできた。


「大変! きゃー! 痴漢!」

「顔を見るなり失礼だな。まだ何もしてない」

志乃しのが! 志乃が! 隣のクラスの手品ウータン番長に捕まったの!」


 末洞は涙を流しながら訴える。

 あの学級委員長選以来、クラス公認のアイドルとなった末洞は、少しだけメイクをするようになっていた。

 とは言え、素朴、純粋、飾りすぎない方向性を望むものも多く、可愛らしいが垢抜けすぎない絶妙な状態を保っている。


「手品ウータン番長っていうのは……」

「もちろんオランウータンですよ。共学ですから!」

 華縞がやや煩わしそうに答えた。


「手品ウータン番長! そんな汚い手に出るとは、許せません」

 十文字が怒りのあまり握っていたペンをへし折る。


 アイメイクが涙で滲んだ末洞にボクは尋ねた。

「甘噛魔が、一体どうして」

「手品ウータン番長がクラスメイトの代山だいやまさんを人質にとったために手も足も出せなかったの。他の番長候補を選出しなければ志乃をコチョコチョ・マシーンで見せしめにすると言ってる」

「コチョコチョ・マシーンで!?」


 いくら番長トーナメントのためとは言え、そんな夢のあるマシーンまで出てくるとは。


「ところで末洞、その背中についているカメレオンはなんだ?」

「あ、本当です。カメレオンがついてます。色が同化してるから気づかなかった」


 華縞が後ろに回り込んで確認すると末洞が叫んだ。


「きゃー! いやっ! とってくらしゃい。怖いぃ」

「これは……。伝書カメレオンだ。確かにカメレオンならば色が変わるからバレづらい。こんな理にかなったことをするのは忍者の甘噛魔以外には考えられない」


 カメレオンの足についた小さいメモを開くとそこにはこう記されていた。


『拙忍のことは構うな。コチョコチョ・マシーンなど、猫丸にされた仕打ちに比べれば余裕綽々よゆうしゃくしゃくぞよ』


 それを覗き込んだ十文字が声を上げる。

「猫丸さん、一体どんなひどいことを繰り広げたんですか?」

「違う。冤罪だ。甘噛魔め、こんな遠隔で人を貶めるなよ」


 甘噛魔の言葉を聞いたところで絶望的な状況は変わらなかった。

 打ちひしがれ、なにもできないでいるのか、そう思われた時。

 華縞が動いた。


 懐からドクター・クラスメイトのマスクを取り出す。

 よく見るとそれはかぶり慣れた今までのドクター・クラスメイトのマスクとは色違いだった。


「こんなこともあろうかと、2Pカラーを作っておきました」

「華縞……」


 華縞からマスクを受け取ったボクに視線が集中する。


 ボクはゆっくりと頷く。

 そして万感の思いを込めて言った。


「それはそれとして」


 マスクを投げ捨て全力で走り出すボク。


「あ、逃げました!」

「なんてやつ! 痴漢! その人痴漢です。捕まえてー!」

「無責任にもほどがあります。猫丸さん!」


 鬼の形相で追いかけてくる姿にボクは叫んだ。


「お前ら、落ち着け! リラックスしろー!」




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