第34話
黒板に板書された正の字は、クラスの者たちをどよめかせた。
残りの票数が2票になったところで、異常な興奮が巻き起こる。
そしてすべての票が開かれた。
ドクター・クラスメイト、九票。
あまりにもあまりな結果に誰もが現実感を失うほどだった。
あり得る結果ではある。
しかし、現実的に考えてこれがありえるのだろうか。
不正すらも頭をよぎるほどの信じられない結果だった。
まず十文字が教卓の前に立つ。
「私に入れてくれた人、どうもありがとうございます。十分すぎる結果です。この後、どうなるのかまだわかりませんが、決まった方はきっと素晴らしい学級委員長になることを信じてます」
そう頭を下げて自分の席へと戻っていった。
一体この後どうすればいいのか、そう悩む前にボクの脇を、末洞は無言ですり抜け、登壇した。
教卓の下に屈み込み、モゾモゾと何かを始める。
そして再び立ち上がった末洞が顔を上げる。
あの毛量の多さを左右2つに分けて縛ってあった。
ツインテールなのだろうけど、そのゆるくウェーブした毛量の多さからまるで世界一有名なネズミのマスコットのように巨大な髪が揺れる。
顔を覆っていた髪がなくなったために、表情も顕になった。
化粧っけはないのだけど、今まで隠されていたせいか、その新鮮な表情は人々から好意的に受け止められた。
現にクラスメイトの男たちから「おー」と野太い声が上がった。
自分の中の羞恥心と戦っているのか、瞳は涙が浮かんだように濡れ、顔が紅潮している。
クラスの者達は魅入られたように末洞をの言葉を待った。
「あ、あたひ……」
相変わらず末洞の言葉は、舌足らずに何も言わないまま消える。
「がんばれー」
「いいんちょー!」
緩慢に、野次なのか応援なのか微妙な声が上がる。
「あたちは……認めて欲しかった。ただそれだけで、でもそれはあたちにとってはとっても大事で。でもでもそれは違ってて。そんなもんなくても、あたちはあたちで。上手く言えないけど。あたちは学級委員長をすることは出来ません。なぜなら普通の女の子を卒業するからです。これからアイドルを目指ちましゅ!」
末洞の発言に、クラスはポカーンと口を開けたまま固まった。
「ごめんあさい」
「うぉおお! まどたーん!」
まどたん紳士同盟の四人は慟哭をあげた。
末洞は教壇を降り、自分の机についた。
残されたのは、ボクと甘噛魔。
「拙忍は辞退しよう」
甘噛魔がそう言った。
「どういうつもりだ?」
「拙忍は悪を根絶させると誓った。たとえ刺し違えたとしても拙忍は悪を滅ぼす気だった。そして、どうやらこのクラスで一番の悪は拙忍のようだ。忍者としての使命を全うするぞよ」
「それは違うよ、甘噛魔。誰かの自己犠牲によって幸せを望むべきではないんだ。言っただろ、すべての者に幸せをって。君の幸せも俺は願う」
「まったく甘い理想論ぞよ。しかし拙忍は甘党なのだ。当選するのは、一番徳のある人物だ」
「一番
ボクが自嘲してそう言うと、甘噛魔は口の端を上げた。
選挙期間中、殆ど見た記憶のない笑顔だった。
甘噛魔は教壇に立ちクラスを見据えて言う。
「クラスの諸君。拙忍はドクター・クラスメイトを学級委員長として推薦しようと思う。拙忍に投票してくれた者には感謝の念しかない。その者たちは、できることならドクター・クラスメイトを支えて欲しい。それが拙忍の理想だからだ」
甘噛魔の宣言により、万雷の拍手と賛同する声が上がった。
クラスの者たちの顔を見て、ボクは確信した。
みんな、飽きてたのだ。
もう選挙なんて煩わしいことはとっとと終わりにして欲しい、その気持ちからか末洞の言い分も、甘噛魔の言い分もなし崩し的に受け入れられた。
これにより、このクラスの学級委員長は、謎のマスクマン高校生、ドクター・クラスメイトと決定した。
決定したところでいったいどこの誰なのかは誰もわかっていなかったのだが。
ボクはそのまま就任の挨拶をする。
「俺はマスクマンだ。正体は明かせない。このクラスの誰かだけど、そんなくだらないことを詮索するな。いいか、この俺は誰でもない。クラスの一人だ。それはあなたかも知れない。そうだ、あなた自身だと思ってくれ。俺たちにとって、人生の多くの時間を費やすことになるこの学校生活。リラックスできるようにしようじゃないか」
散発的な拍手が収まるとボクは続けた。
「では、学級委員長として最初の仕事だ。人事を発表する。副委員長には最も実務に長けた者、異存はないだろう、十文字
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