幸せになれるんだったら、一切の疑問を捨てよ

ちびまるフォイ

幸せならなんだっていいじゃない

『この国で暮らすみなさんを幸せにするため、

 お金が減らない幸せカードを発行します!』


思わず耳を疑った。

秒で申請すると黒いカードが家に届いた。


「これが幸せカード、か。見た目は普通のクレジットカードだなぁ」


カードの入っている封筒には取扱説明書が入っていた。


『このたびは幸せカードをご利用いただきありがとうございます。

 以下のルールを守ってご使用ください。

 

 1、カードおよびこの世界に関するあらゆる疑問をもたないこと。

 2、自分の気持ち、意思を広く発信しないこと。

 3、毎日、指定の時刻に同封の薬を飲んでください。

 

 以上をお守りいただけないとカードの利用を停止する場合があります』



「……黙ってろってことか。まあ、こんなカードを使っていたらどんなやっかみ受けるかわからないし」


セレブな生活をSNSにあげるタイプでもないので、

2つのルールは気にならなかった。気になったのは最後の1つ。


「なんの薬だ……?」


サプリメントのような透明の薬だった。

疑問をもたなくするとか思考がまとまらなくなるとか、

生きる屍にさせるやばい薬なんじゃないかと思ったが飲むしかない。


「んぐっ……ふぅ。大丈夫そう、だな」


それらはすべて考えすぎだった。

これでルールを満たしたのでカードが使える。


「ようし! 使い倒すぞーー!!」


前から欲しかった漫画を全巻まとめ買いした。

残高は一時的に減ったあと、すぐにまた復活する。


「お支払いは?」


「幸せカードでお願いします」


「はい、ありがとうございます」


「本当に買えちゃったよ! コレすごいな!」


遠くから眺めるだけでも萎縮する高級料理店もカードがあれば大丈夫。

豪華クルーズで世界旅行だって思いのまま。

その名に違わず「幸せカード」だ。


幸せな日々を満喫しているとき、家の帰り道で工事をしていた。


「……なんの工事だろう」


見たこともない機械が爆音で工事をしている。

家も近いので心配になったが、慌てて思いとどまった。


「あっぶね。あらゆることに疑問を持っちゃいけないんだった」


もしも工事中のおじさんに「何の工事ですか?」などと聞けば終わり。

自分が工事に対して疑問を持ったことがバレてしまう。


「気にしない気にしない……気にしなければ、俺は幸せなんだ……」


呪文のように唱えながら薬を飲んで寝た。

海外旅行の疲れが残っているのか最近はどうにも体がダルい。


お金には不自由していないので町で一番大きな大学病院の診察を受けた。


「……細かく見てみましたが、問題ありませんよ」


「えっ……そ、そうですか……」


こんなに体が前よりだるいのになにもないことのほうが問題な気はする。

「本当に何もないんですか?」と尋ねることは出来ない。


「病は気からと言うでしょう。あなたは自分の体が悪いと思っているだけですよ」


「うーーん……ですよ、ね……」


「歯切れの悪い言い方ですね。なにが不満なんですか? 幸せでしょう?」


「ふっ、不満なんてないですよ!? 疑問も持っていません!

 俺は毎日ハッピーで楽しく過ごしています!! もう元気全開!」


「そうですか。それはよかった」


病院を出ると気晴らしに街へと向かった。

ビルの壁にかかる大きなディスプレイでは幸せなニュースが繰り返し伝えられている。


『なんと、我が国の経済資産が100倍になりました!

 これで世界でもっとも経済力のある国になりました!』


『出生率は20倍になり、少子化問題はすべて解消!

 私達のこの先の未来には幸せしか待っていません!』



『みなさん、薬の時間です! お忘れなく薬を飲みましょう!!』



テレビに映るアナウンサーがにこやかに言うと、

交差点を行き交う人全員が足を止めて薬を飲んだ。


何事もなかったかのようにまた交差点をあるきはじめる。


「すごい……。もうみんな幸せカードを使っているんだ……!」


自分以外どれだけの人が幸せカード使っているか疑問を持ってはいけなかった。

そのことを広く発信することもない。

でもすでにほとんどの人が幸せカードを当たり前に使っていたんだ。


「そりゃこんな便利なもの使わないほうがおかしいよな」


勝手に納得し、元気を取り戻すためにコンビニでエナジードリンクを手にとった。

幸せカードを手にしてレジに並んだその時。


後ろからすれ違いざまに幸せカードを奪い取られてしまった。


「おい! ちょっと!」


カードをひったくった男は猛ダッシュでコンビニを出る。

商品をおいて慌ててその後を追いかける。


「お前! カードを返せ!! 誰かーー! そいつを止めてください!!」


泥棒の進路にいたガタイのいい男が俺の声の気づく。

振り返りざまに泥棒を背負投してぶっ飛ばした。


俺は泥棒へ馬乗りになるとカードを奪い取ろうとした。

けれど、泥棒はカードを離そうとしない。


「てめぇ! 俺のカードだぞ! 返せ!」


「ダメだ! 返せない!」


「いくら幸せカードがほしいからって盗むなんて最低だ!」


もみあっていると、泥棒男のポケットから黒いカードが落ちた。


「お前これ……幸せカードじゃないか……。

 持っているのにどうして俺のを盗む必要が……」


「これは悪魔のカードだ! つかっちゃいけない!

 こんなのを使っていると人間でいられなくなる!!」


「泥棒するやつのほうがずっと人間じゃねぇよ!」


「私は人間を取り戻すためにやっているんだ!」

「はぁ!?」


男はまもなくやってきた警察に連れて行かれた。


「ご協力ありがとうございます。

 この件については広く発信しないこと、

 男の素性や言葉に疑問をもたないことをお約束ください」


「ええ、わかっていますよ」


言われなくてもそのつもりだった。

もう疑わないことになれてしまっている。


「ところで、あなたの携帯電話がさっきから鳴っていますよ?」


「え? あ、ほんとだ。バタバタしてて気づかなかった」


電話を取ると切羽詰まった声が聞こえた。


『〇〇病院です! すぐに来てください!!』


幸せカードでヘリタクシーを呼ぶと病院へ直行。

自分の体になにか悪いところでも見つかったのかと思った。


でも自分のことではなかった。


「母さん……!?」


病室に寝かされていたのはひどく痩せこけた母親だった。


「どうしてこんな姿に……」


「たかし、疑問を持ってはいけないよ……」


「なんでそれを……。あ、まさか母さんも!?」


ベッド横にある母親のハンドバッグを漁ると、

中から黒いカードが出てきていた。


「お前に仕送りがしたくてね……」


「仕送りなんていらないよ。俺だって幸せカードを持っているんだから」


「自分の子供になにかしてあげたいんだよ……」


どうしてこんなにボロボロになっているのか。

いったい何が原因で病院に担ぎ込まれたのか。


聞きたいことはたくさんあるが、ひとつとして聞くことはできない。


「だ、大丈夫……お金はあるんだ。

 この大きな病院で治療してもらえればきっとよくなるよ……」


俺は苦笑いしかできなかった。

ピピピ、と短いアラームが鳴った。


「ああ……薬の時間だね……たかし、飲ませてくれ……」


「う、うん……」


病室の外にある売店に行き、幸せカードで水を買う。

水と薬を準備して衰弱した母親に薬を飲ませた。


「……」


「……母さん?」


薬を飲んだはずの母親は口からだらしなく水を垂らしている。


「うそだろ……そんな! さっきまで話してたじゃないか!?」


医者がかけつけて意識を確認したが、顔を横にふった。


「お亡くなりになりました。どうかこのことは発信しないようにしてください」


「ついさっきまで普通に話していたんですよ!?

 こんな突然どうして人が死ぬんですか!?

 俺が……俺が幸せカードの薬を飲ませたからですか!?」


「疑問を持ってはいけません!

 あなたは幸せカードを使わずに大学病院の費用を払えるんですか!?」


「でも……母は……」


幸せカードの残高はさっき水を買ったぶん残高が減っていた。

母の命が消えた瞬間に残高は大きく増えていた。


そのことにも疑問を持ってはいけない。

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