彼(後半)
2つ上の彼の卒業式の後
私と彼とは2人が出会った多摩川の河川敷に居た
彼とは云ってもまだ告白された訳でもなく彼氏彼女の関係でもなかった
出会いは、云ってみれば彼からナンパされて、私はそれに応じたと云う感じだ
以来、彼のバイトが休みの日には2人で会って遊んでいた
彼と出会うまでは放課後にこの河川敷にクラスメイトの弥生と来ていた
彼は彼で彼の仲間とこの河川敷に遊びに来ていて、何となく顔だけは知っていた
下期に入って忽然と私の前から姿を消した弥生に打ち拉がれていた隙間に
タイミング良く彼が私に声を掛けて来たと云う流れだった
その日は彼も仲間が居なくて1人でココに来ていた
「うん、アイツとアイツの彼女はツーリングで海に行くって」
彼の親友とその彼女がバイクで海まで行くのに他の仲間達も付いて行ってしまったらしく
何故、彼だけがその海ツーリングに行かなかったのかを聞くと、ガソリン代が無かったからと恥ずかしそうに答えた
私がガソリン代を出して満タンにする見返りにバイクの後ろに乗せてもらうと云う話になった
「私、お金の作り方を知ってるから」
鈴音学園高等部に通う歳下のお嬢様にガソリン代を貢いで貰う事には抵抗があると云ってた
だからお金持ちの親から貰ったお小遣いではなく私が自分で稼いだお金から出してるんだと説明した
逆玉の輿に乗ってヒモみたいになるのは彼のプライドが許さないと彼は云っていた
私と彼がまだ彼氏彼女の関係になっていないのもそれが理由だ
彼はせめて2人で会う時のデート代を稼げるようになったら改めて告白すると云っていた
2人で自立して生活出来るくらい稼げなければプロポーズする資格がないと云う云い回しで
高校卒業して就職をする彼から、もしかしたら今日、コクられるのかもと期待もしていた
「あれ!彩雲って云うのよ!」
太陽の左の方角に太陽と同じくらいの高さの位置に虹色に光る雲を見つけて私は声を上げた
それが吉兆であり今それを一緒に見れた私と彼とがラッキーなんだと云う話をした
本当はその彩雲を私は弥生と見たかったと云う話も付け加えた、それが目的で2人でココに来ていたんだと
時折私は彼にも弥生の話をした事があったが、彼は私のする弥生の話には興味を示さなかった
弥生の話を出すと怪訝そうな顔をしたり、時には私を憐れむような表情を見せた
弥生の話を出すと何故か会話が噛み合わなくなることもあった気がしたので私も弥生の話はなるべく避けるようにはなっていた
この彩雲を弥生とも見たかった、どこかで弥生も見てればいいな、などと弥生のコトを考えていた
「あっち行こうよ、美菜子がよく座ってた位置から彩雲を見ない?」
上期の放課後に私と弥生が並んで座っていたポジションを指さして彼がそう云ってきた
彼と遊ぶようになってからは二子玉川の駅を下りると駅前まで彼がバイクで迎えにきていたし
何度か彼の仲間も交えて河川敷に入って遊んだりもした事はあったけど
弥生と並んで座って川を眺めていたそのポジションに座るのは私も久しぶりだった
彼と並んで、かつては弥生と一緒に座っていた位置に座ろうとした時に、ふと弥生を感じた
今、弥生もココに一緒に居るような気がして、すぐ後ろから弥生に見守られているかのような安心感が私を包んだ
それはまるで、弥生が居なくなった後に彼と仲良くなった私を祝福してくれているように思えた
「また、会えたね」
鼻にかかるかすれたこの声は確かに弥生の声だった
鼓膜からではなく私の頭蓋骨の中で久々の弥生の声が反響した、嬉しかった
ふと我に返り、彼の方を見ると、彼は目を輝かせながら彩雲を見つめていた
私の視線に気付くと彼は私の方に向き直り、ゆっくりと言葉を選ぶかのように話し始めた
あの日、ガソリン代がなくて仲間たちと海に行かなかったのは実は口実だったんだと照れ臭そうに切り出した
上期にココでよく見かけた私が下期に入ったら来なくなってしまい気になっていたと
下期に入ってから毎日、今日こそはと私の姿を求めてココに来てたらしい
コンビニで買ったお菓子をポリポリと食べながらずっと川を眺めていた私の姿を初めて見かけた時から気になっていたとも云っていた
彼の話でも、まるで私はいつもココに1人で来ていたかのような云い回しだった
それは私と一緒にいた弥生は目にも入らないくらい私に一目惚れだったと云うようにも解釈できたけど
これまでも弥生の名前を出すと会話が食い違ってぎくしゃくしてたから、弥生の名前は出さなかった
そして、大学には行かずに地元の工務店に就職することが決まったと報告してくれた
だから俺の彼女になってくれと云う告白を添えて
私は心の中で弥生に問いかけた
これで良いんだよね?色んな話をしてくれたのはこの為だったんだよね?
気付けば彩雲は色を霞めて消えかかっていた
ありがとう、また弥生に会えて良かった
そして今日、一緒に彩雲を見れて良かった
コンビニ袋からお菓子を1つ摘まんで彼の口に運んだ
彼はそれを軽く咥えたので、私はそれを指で押し込んだ
心の中の全てを押し込むようにして
彩雲 弥生 @yayoi0319
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