彩雲
弥生
彼女(前半)
1年の秋休みが終わって下期に入ってから
もう1週間か10日くらいが過ぎようとしている
上期の放課後にはよく彼女とココに来た
通学定期の乗換駅で途中下車すると県境の河原まで歩ける
河川敷に座って日が沈むまで彼女と他愛のない話をしていた
彼女は私とは真逆の性格でとても活発な一面を持ち合わせていた
帰宅の方向が同じで一緒の電車に乗ると云う成り行きで放課後遊ぶようになっていた
彼女は羽振りがよく、いつもお金を出してくれていた
鈴音学園高等部と云えば構内で石を投げれば必ず社長令嬢に当たると云われるお嬢様学校で
彼女の父親も中小企業の代表取締役社長と云う肩書の持ち主で、きっと裕福な家庭なんだろうとは思っていた
「ねぇ、美菜子も社長令嬢なんでしょ?」
私の家は自営業で、一応父親の肩書は個人事業主とはなっているけど
彼女の質問に胸を張って頷くのは阻まれた
彼女の父親は彼女に会社の跡継ぎをと願っているようで経営戦略や経済の小難しい話を物心着いた頃からたたき込まれていたらしい
「あたしね、お金の作り方が分かったから」
親御さんから充分なお小遣いを貰っているだろうに
何故か彼女は自分でもお金を稼いでいた
援助交際や何か危険な事に手を染めていないか訊きたかったけど怖くて訊けなかった
お金は流れる物だから流れに乗ればいいだけなんだと講釈されたコトもあった
流れに頭を突っ込んで1枚噛めたところで、後は使った分だけ入ってくると
お金を使わないとその流れを塞き止めるコトになるからお金が入って来なくなるとも
もっとお金が欲しいから私と遊んでお金を費やしたいんだと、そんな理屈だった
「彩雲って知ってる?」
彼女と交わした色んな会話の中でも一際印象的だったのが彩雲の話だ
空気の乾燥した季節の陽が低い時間帯に虹色に光る雲が見れることがあるらしい
その現象は吉兆でもあるし、画像を見せてもらったけど、とても綺麗だった
彼女も一度で良いから実物の彩雲を肉眼で見てみたいと云っていた
放課後の河原で彼女のお金で買ったお菓子を食べながら西の空が赤くなるまでお喋りをしながら
実は2人でその彩雲が現れるのを待っていた
上期の終業式の日には、下期こそはきっと彩雲が見れる季節だねと楽しみにしていた筈なのに
「声かけてみない?アレ、乗ってみたいんだよね」
放課後の彼女はとても積極的で社交的でもあった
放課後の河原には他にも色んな人が通りすがる訳で
顔見知りとまでは云わないけど、何度も見かける顔触れも居て
バイクに乗って来る他校の男子生徒も私たちから距離を置いた所に陣取って、よく川を眺めていた
メインは男子2人で、1人で来てる日もあればもう1人女子を乗せて3人で来てる日もあった
彼女はそのメインの男子が2人だけで来てた日に私と一緒にそのバイクに乗せて貰おうと提案してきた
放課後に鈴女の制服で他校の男子生徒のバイクの後ろに乗って遊び回っているのを見付かれば何らかの処分は必須だった
「またね」
彼女は最後に確かに私にそう云って別れた
秋休みが終わって下期に入ったらまた放課後に毎日彼女と遊べるものだと
でも下期の始業式の日、彼女の姿はどこにもなかった
次の日もその次の日も彼女は学校に来なかった
私とは帰りの電車で必ず一緒になっていたから連絡先も交換していなかった
数日経過したある日、クラスメイトに彼女の事を訊いてみた
夏休みや秋休み明けに学校を辞めてしまうと云う話は珍しくはない
ただ、不思議なのはクラスメイトの誰もが彼女の存在すら知らないと云う
確かに学校では誰とも話もせずに私が他の友達と話している時も私を見ることもなくただ机に俯っ伏して静かにしていた
放課後はあんなに明るい彼女だったが、思えば学校では存在感の薄い物静かな性質だった
彼女が学校を辞めてしまったのだとしたなら、きっと原因は友達としての私の役不足だろう
担任に相談しようかとも思ったけど、担任も彼女の話には一切触れずに
まるで最初からそんな生徒は居なかったかのように振舞っているので切り出せなかった
ココに居ればもしかしたら彩雲を見に彼女が現れるかも知れないと淡い期待を胸に
まだ陽が高い時間からずっとココに座っていたけれど
気付けば西の鰯雲が真っ赤に染まっていた
タイムアウト、もう今日は彩雲は現れない
だから彼女も、もう今日ココには現れない
鞄のポケットから定期入れを掴んで
その手をスカートのポケットに押し込みながら私は立ち上がった
心の中に何かを押し込むようにして
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