スマホという板が憎い

キリミ職人

スマホという板が憎い

 俺はスマホという板が憎い。

 幼少期は母親に愛情を注がれずに育った。それが子供の心にいかに刺さるのか理解していないし、興味もなかったのだろう。俺が何をしてもいつも無関心。ただスマホの中のちっぽけな世界に熱心だった。

 俺はその時の母親の表情がとても嫌いだった。スマホの画面が切り替わるごとに変わる母親の喜怒哀楽にはある種の気味の悪さを覚えていた。俺が泣けば、迷惑と言わんばかりにスマホで子供向けの動画を探し、それを見せつける。しかし俺はそんな茶番劇を見たくて泣いていたわけではない。俺はただ母親からの愛情を渇望していただけなのに...。


 それに反して親父は俺をいつもかまってくれた。今となっては大したことのないような話を、そうか、そうかと静かに聴いてくれた。親父はとても社交的で、どんな人にも優しく接していた。小さくて幼い俺だったが、決して子供扱いはしない。一人前の大人と同様に扱ってくれた。俺は親父と話す(どちらかと言えば一方的に喋るだけなのだが)のが大好きだった。今思えば、この父親の慈愛がどうにか俺を非行から繋ぎ止めてくれたのだと思う。


 俺が6歳の頃だった。親父はながらスマホの自転車に後ろから跳ねられたのだ。打ちどころが悪く、一生ものの後遺症を負わされた。病院に呼ばれた俺と母親は、医者から様々な説明を受けた。症状とか親父の接し方だったような気がする。まあ、当時の俺には全く理解できなかったのだが。しかし、病院から出てきた、車椅子に乗ってヨダレを垂している親父の姿は、今でも鮮明に覚えている。

 病院から帰ってきた父親はもう俺の親父ではなくなっていた。俺のことなんて眼中にも置かなくなった。一緒にキャッチボールをして遊んだ父親は、毎日スマホで野球の試合を見ている。母親は父親の介護に忙しくなり、ただでさえ俺の面倒を見ていなかったのが、とうとう俺はいない存在として扱われるようになった。

 俺は呆然と立ち尽くす他なかった。誰も遊んでくれない。ひたすら孤独と闘う他なかった。


 俺はある日、自分の中にもうひとり遊び相手を作る。そいつは自分の精神の中の、全く別の人格だった。自分ともう一人の自分は互いに独立しあっていた。二人の間でおもちゃの取り合いはするし、喧嘩もする。決してもう一人の自分は自分の傀儡ではなかったのだ。今思うと、とうとう俺は壊れていったんだなと感じる。俺は母親に同情している。父親は後遺症で動けなくなり、息子の俺は得体のしれない何かと喋り続けている。こんな光景を目の当たりにした発狂するに違いない。腫れ物扱いされた俺は、精神病院に入れられた。するともう一人の自分はすっと姿を消した。薬や療法は行われていない。ただ看護師さんが俺の相手をしてくれただけでもう一人の自分は消えたのだ。いかに俺が人情に飢えていたかがわかった。


 それから9年程経った。

 今は一般的な公立の中学校に入り、みんなと楽しい生活を過ごしている。反抗期に入ると、自然と親との交流は避け、同年代と友情を深める。今思えば、親からかまってもらえないのであれば、同級生に助けを求めればよかったなと感じる。

 父親はとっくの昔に死んだ。父親が死んだ時、介護に追われていた母親は悲しみというよりも安堵に近いような表情をしていた。社交的な父親の葬式にはとても多くの人が駆けつけた。皆悲しそうに涙を浮かべていて、ある人は号泣していた。そんな中、母親の安堵の表情はどこか浮いていた。実は俺もそれに近い心境だった。少しは母親にかまってもらえる。当時の俺はそう信じていた。しかしその期待は崩れ去った。母親は今までできなかった分、さらにスマホに費やす時間は増えた。今までと同じ、俺は一人寂しく家で過ごしていた。


 中学生になってすぐのことであった。俺はここでスマホの恐ろしさを目の当たりにする。クラス内で一人スマホを持つ奴が現れた。彼は密かにそれをクラスに持ち込み、皆の前でゲームをし始めた。と思ったら、それがすぐさま伝播し、いつの間にかクラスの大半がスマホを持つようになっていった。

 俺はスマホが大嫌いだったので、頑なにスマホを持とうとしなかった。しかし、スマホの伝播が始まるとスマホを持った奴と持っていない奴とで明確にスクールカーストが見えてくる。しかもクラスで出回る情報がSNS内で完結するようになり、俺がその情報を知る頃にはもうとっくに過ぎているなんてことがざらだ。いい加減学校生活に支障をきたすようになったので、俺は母親にスマホを買ってもらうよう頼んでみることにした。案外親はすんなりと承諾してくれた。

 中学生だったクラスの奴らは、娯楽の塊であるスマホの管理なんてできるはずもなく、どんどんとその沼に沈んでいった。とある奴らはソシャゲのグループを作り、小遣いを全てそのソシャゲのガチャに注ぎ込むようになってくる。そしてとある奴らはSNSを見て一喜一憂するようになっていった。俺はどこかで見たことのあるこの光景を、どうもやるせなかった。そして終いには、スマホを持った奴らの中でグループが確立していったのだ。


 そんな俺にも受験が到来した。母親に愛情はなかったが、勉学と進路に関しては人一倍敏感であった。


「コラ!ちゃんと勉強しているの!?」


 ほら、また怒っている。今日だけでももう何度目だろうか。俺はこの台詞に嫌気がさしていた。


「わかってるよ。」


 俺は適当に返事をした。


「受験勉強マジだるい🥱」


 っと。俺はスマホでつぶやいた。


 勉強をする前に、ちょっと動画でも見るか。息抜きは重要だからね。

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