よく告白現場に居合わせるけど、今日は僕が好きな人が告白されていました。
海ノ10
僕は今どこにいるでしょーかっ!
人が振られるところというのは何度見ても嫌なものだ。
創作の中であっても悲しくなるし、その描写が事細かにされていたらなおのこと。
僕自身今恋をしているというのもあって、振られる側の心理は非常によくわかる。僕の好きな人はとてもかわいくて人気がある、所謂「学校のマドンナ」というやつなので、玉砕前提に考えているから余計にツラい。
僕は今どこにいるでしょーか!
正解は下校時間を過ぎて人気がない校舎の昇降口です!
生徒会に所属する友人の手伝いをしていたら、いつの間にかどこの部活も活動を終える時間になっていて、部外者の僕は先に解放されたのだ。
そのためさっさと帰ろうと思ってこうして昇降口に現れたのだが――
「好きです、俺と付き合ってください!」
「ごめんなさい。佐藤君とは付き合えないです」
まさか人がそこで告白をしていて、しかもちょうど振られるシーンに出くわすとは思っていなかった。
靴と床の素材的に足音が出にくいのもあって僕の存在に気が付かなかったのだろう。ちょうど彼らがいる場所が、僕の通ってきたルートから見て死角になっているというのも大きい。
――困ったなぁ
非常に困った。このまま帰ろうとすれば確実にばれてしまうし、そうすれば振られた男子生徒がかわいそうだ。傷心の彼はそっとしておいてあげたい。
しかし、このままここにいると、彼女にバレてしまうかもしれない。告白されていたほうの女子の声はよく知っている。十中八九
坂本さんは可愛らしい顔にスタイルのいい体。愛想のいい態度に優秀な成績。男女問わずモテモテの学校のマドンナだ。
そう、僕の好きな人その本人である。今僕がこんなところに居ると知られたら、僕が人の告白を盗み聞きする趣味の悪い人だと思われてしまう。それだけは何としても避けたい。
もし彼女が下足をまだ履いていなかったとしたら、こっちに来ることになる。同じクラスなのでロッカーの位置が近いのだ。
『人の告白を盗み聞き? 趣味悪』
これは僕が中学の頃、うっかり出会ってしまった告白現場から逃げ損ねた時に賜った言葉の刃である。
昔から僕はよく告白現場に出くわすタイプだった。公道を歩いていたらちょうど脇の公園で大声での告白を始めるし、委員会の仕事でポスターを貼る仕事をしていたら空き教室で告白が始まる。技術の教師に頼まれて校舎裏で育てている野菜の様子を見に行ったらそこで男が恋心を叫んでいたし、知り合いを尋ねて卓球部の部室に入ったときはちょうど「ごめんなさい、あなたとは付き合えません」と言ったところだった。
そんな僕だから、この状況でバレたらどうなるかなんてことはよくわかる。なので、僕は仕方なく来た道を逆に辿ることにした。何事もなかったように気配を殺して、見つからないような場所で五分ほど時間を潰そう。そこまで待てばさすがにもういないだろう。
そう思って踵を返そうとした瞬間、後ろの男子がしつこくも食い下がった、
「……一つ聞いていい? どうしてダメなの?」
「――実は、好きな人がいるの」
おっと。
おっとぉ?
なんだか風向きが怪しくなってきたぞ。
今のは確実に聞き間違えではなかった。確実に、今、坂本さんは「好きな人がいる」と言った。
考えてもみてくれ。僕みたいな顔は普通だし友人関係も普通だし成績も学年でど真ん中だし運動ができるわけでもできないわけでもないような平凡な男を、男なんて選び放題な彼女が好きになる道理があるだろうか。
断じて、ない。
それはわかっていた。だが、そのうえで「彼氏がいない坂本さん」に夢を見ていた。
まだ誰のものでもないのだから妄想くらいはしてもいいだろう? という非常に気持ち悪い夢を見ていたのだ。
しかし、好きな人がいるとなれば話は変わってくる。
あの坂本さんの好意に応じない男がいるだろうか。告白されて付き合わない男がいるだろうか。あの大きな丸い目の上目遣いを受けてキュンとしない男がいるだろうか。恋に落ちない男がいるだろうか。
断言しよう。いない。
だから、坂本さんの「好きな人がいる」という発言が真だった場合、それは近い将来坂本さんが彼氏持ちになるということに等しいのだ。
……僕にチャンスがあるとは思っていなかったけど、けれども……やはり精神的にキツイ。
「好きな人って……誰?」
おいおいおいおいおいおいおいおいやめろ馬鹿。
そんなこと聞くんじゃない!
それでクラスナンバーワンのイケメン君とか、サッカー部のエースとかかっこいい先輩の名前とかが出てきたらどうするんだ馬鹿。そんなの二人がお似合いなのがわかるからこそ余計に精神的にダメージがあるだろうが。知らないほうが幸せなことがあることを知らんのか。
でも――気にはなる。
余計に傷つくのもわかっているけど、足が言うことを聞かない。
坂本さんを射止めた相手の名前を聞くまで動かないと両足がストライキを起こしている。
まずい。このままだと再起不能なダメージを負ってしまう。
「それは――えっと……あ……んで……」
だんだん声が小さくなっていき、ついに僕の距離では聞こえない音量になってしまった。
ねえ、今誰って言った!? よく聞こえなかったんだけど!
何て言ってた!?
「そっか……変なこと聞いてごめん。じゃあ、俺帰るわ……」
男子生徒がそう言った後、一つ足音が鳴り出して遠くに消えていった。
それが聞こえなくなった後、溜息の音が聞こえてくる。
それで我に返った僕は、ゆっくりと近づいてくる小さな足音に慌て始める。
まずい、このままでは僕が盗み聞きをしていたことがばれてしまう。
僕は慌てつつも慎重に、気配を消して足音も殺してその場から退散しようと試みる。
が、こういうときほど普段なら気にならないことが命取りになるもので、足元にあった小さな段差に躓いて派手に転んでしまった。
幸いスクールバッグが上手いこと僕の下敷きになったことで怪我はしなかったが、大きな音が出てしまった。
「あ、
慌てた様子の坂本さん。
しかし慌てているのは僕も同じだ。
盗み聞きしているのがばれてしまい、頭が上手く働かず口から出るのは意味のない「あ……」とか「う……」とかといった母音ばかり。
だが、向こうが判断するには十分だったのだろう。あまり明るくない昇降口でもわかるくらい顔を真っ赤にした彼女は、口をパクパクとさせる。
「ま、ま、まだ、そんな……っ!
あ、えっとね、あれは違うの! あいや違うってこともないんだけど違くて……うぅ……
ほんとはこんな形で聞かせるはずじゃ――どうしようどうしよう、このままじゃムードもないしっ!」
意味が分かりそうでわからない、どこからが独り言でどこからが僕に話しているのかわからないそんな言葉を並べる坂本さん。
人間とは不思議なもので、相手が慌てているのを見て、僕は逆に冷静さを取り戻し始めていた。
「あ、えっと、盗み聞きしてごめんなさい! たまたまだったんです!」
「うえっ! あ、えっと――」
「そ、その、最後の、坂本さんが、好きな人――」
「ふえっ!」
「あれ、僕聞こえなかったから安心して、ください。あ、いや、安心できないかもしれない……というか安心できる要素ないけど、大丈夫、僕は何も聞いてないし誰にも言う気ないから。
相手誰かわからないけど、坂本さんならうまくやれるんじゃないかな。うん」
前言撤回。やっぱりまだまだ落ち着いてはいなかったみたいだ。
無駄に口数が増えちゃったし、余計なことも言っている気がする。
駄目だ駄目だ。全然冷静になれてない。落ち着け、自分。
そう自分に言い聞かせながら坂本さんのほうをチラリと見ていると、言葉にならないといった様子で口をパクパクさせていて、先程よりも顔を赤く染めていた。
「ば……」
「ば?」
「ばかぁ!!」
坂本さんはそう言うと、校外へと走り去ってしまった。
……完全にやらかしたわ僕。
完全に嫌われたという確信を持った僕は、暫くその場でうなだれるのであった。
よく告白現場に居合わせるけど、今日は僕が好きな人が告白されていました。 海ノ10 @umino10
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