自省/共生

 エルンは変わらず、にやりと笑っている。自分の神様を殺そうとまでしていた女の前で、どうしてそんなふうに笑えるんだ?

「どう? すごいでしょ!」

 きらきらした笑顔を、別のきらめきが取り囲んでいた。たくさんの鉱石が燭台の明かりに照らされている。私が忍びこんだ時には、こんなものは無かった。少し考えてようやく気づく。これは鉱の神との戦いで落ちてきた岩なんだ。

「あれ。なんか、あんまりびっくりしてない?」

 エルンがぽかんとしている。びっくりしていないわけがない。信じていたこととまるで違うことが起きていたのに。

「私は……神様はここでは神様と戦う代わりに鉱石をもらっているんだと思っていたんだ。もっと言えば、自由に掘れるはずの鉱石を奪われて、神様と戦わされているんだと」

 エルンは跳びあがりそうなほど驚いた。

「違うよ! 神様と戦ってると鉱石を掘ってくれるんだよ!」

 つまり、鉱石を独占する怪物も、怪物に脅されて戦う人族もいないんだ。いるのは戦い好きの魔物と、戦いの余波で落ちてくる鉱石を求めて戦う人族だけ。そう思うと、急に自分のしたことが恐ろしくなる。この不思議な関係を、勝手な思い込みで奪い去ろうとするなんて――暗闇に囚われていたのは、怪物は、私の方だ。

「どれも大きいけど、数は多くないねえ」

 私が反省している横で、エルンは落ちてきた鉱石をのんに眺めて、得意げに話しだす。

「宮殿のみんなが戦うときは、あんまり激しく戦わないで、その代わりに長く戦うんだよ。小さめな方が運びやすいからね」

 確かに、落ちてきた岩は私の背丈ほどもある。そのまま運び出すのは難しいだろう。宮殿の人々が、戦い方を加減している様子や、大きすぎる岩を割りながら運んでいく様子を想像した。それはやはり変わっていて、でもたくましくて。罪の意識がさらに重くなる。

「あっ!」

 いきなり、エルンがしゃがみこんだ。

「すごい、宝石だ! お姉さん、神様のどこに当てたの?」

 はしゃぎながらこっちを見るその足元に、握りこぶしほどの黄色い石がいくつか散らばっていた。エルンの言い方から考えると、宝石は洞窟の壁から落ちる岩には含まれていないのだろうか。

「右前脚と、首の付け根あたりだね」

「首? よくそんなとこに届いたねえ……脚はたまに折っちゃうことあるけど」

 脚は折ってもさほど問題ないみたいだ。再生でもするのか……分からないことが多すぎる。だけど――。

「どう? ボクたちには山の神様が必要だって、分かってくれた?」

 にっ、と笑うエルンに、私は頷いた。――それだけは、間違いない。



 お姉さんを連れて、宮殿に戻る。東の山の向こうの空が、少しだけ白くなってきていた。なんだか眠い。お姉さんが無事で安心したからかな。あくびが出ちゃいそう……。

「セジュおばさん!」

 やっちゃった。もうすぐ宮殿ってところでセジュおばさんが待ち構えてて、びっくりして「おばさん」って呼んじゃったよ。あとボク勝手に宮殿を出てたよね? どうしよう、怒られるかな?

 セジュおばさんはじろっとボクをにらんで、でも何も言わないで、お姉さんの方を向いた。お姉さんはずっと黙って下を向いてる。

「ごめん、エルン。そろそろお別れだ」

 え、なんで?

「ティーダさん、あなたはこれから、どうしたいのですか?」

 セジュおばさんも変なことを言う。

「もし許されるなら……まだしばらく、ここにいたいと思います」

 ほら、お姉さんもそう言ってるじゃん! そう言ってやろうと思ったのに、おばさんはボクに黙れって合図する。

「私は、エルンが外を知らないまま宮殿に囚われているように思いこんでいました。でも、そうじゃなかった。この子は宮殿で生きているだけでした。私が宮殿の中を知らなかったんです。だから私はもっと、この宮殿を、山の神様を知りたい……」

 お姉さんの顔は、叱られた時のボクみたいだった。夜中に抜け出したのはボクもだけど、そういう話じゃないみたい。

「それなら、そうすれば良いでしょう。エルンが外を知らないのは確かです。ですが、それはあなたが話して聞かせれば良い。エルンが戦いに倒れることが怖いなら、あなたが鍛え、癒せば良い」

 おばさんの話は、洞窟でお姉さんから聞いた話と似てる。

「でも私は、」

「一つ、私からも山の神様について教えましょう。神様は信仰によって在るもの。山の神様であれば、その信仰とは戦いです。戦いで山の神様を討つことはできません」

 難しい話をした後で、おばさんは優しく笑った。

「宮殿の皆は誰も気にしませんよ。あなたがしたことは、そう、子供が仕事道具を勝手に触ったようなものです」

 お姉さんは何も言えないで、ボクの方を見る。よく分からないけど許してもらえたみたい。だったら、お別れしなくていいよね。

「お姉さんはさ、ボクのこと好き?」

 少しびっくりしてから、お姉さんはまた、へらっと笑ってくれる。

「ああ、好きだよ」

「ボクも!」

 ボクも笑った。お姉さんはボクが好き、ボクもお姉さんが好き。だからまだまだ一緒にいたい。難しいお話は、少しずつでいいよね。

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ネフルカの暗闇 白沢悠 @yushrsw

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